第46話 薄暗い部屋 Ⅱ

文字数 2,561文字

 ベロルディンゲンから帝都へ報せが入った。
 その内容にレギスヴィンダは驚き、事実なのかと確認する。
「ヴァルトハイデに会ったと……?」
 ゲーパが説明する。
「会ったのはエメリーネとオーディルベルタという、リカルダと一緒に戦っていた風来の魔女集団のメンバーです」
「どこで会ったのですか?」
「ハウプスという町だそうです」
「そうですか、ヴァルトハイデに……」
「なんだかすごく思い詰めた様子で、ずいぶん痩せて最初見たとき別人かと思ったそうよ」
 フリッツィがいった。
 状態はともかく、ヴァルトハイデが無事だったということがレギスヴィンダには吉報だった。
「それで、ヴァルトハイデには、つぎはぎの魔女のことを伝えられたのですか?」
 レギスヴィンダが訊ねると、ゲーパは「はい」と答えて続けた。
「二人はヴァルトハイデと食事をしたそうです。その時の会話ではヴァルトハイデも、つぎはぎの魔女に会ったといっていたそうです」
「ヴァルトハイデが、つぎはぎの魔女に……?」
「そう。おっかしいでしょ? つぎはぎの魔女の目的は、ヴァルトハイデじゃなかったのよ」
 フリッツィがいった。
「ヴァルトハイデもつぎはぎの魔女と会話し、何かを探してるっていわれたそうです。それが何かは分からず、戦いにもならなかったと」
「つぎはぎの魔女には、どこで会ったのですか?」
「黒き森の、ミッターゴルディング城があった場所だそうです」
「つぎはぎの魔女は、いったい何を探しているというのでしょうか。わたくしたちが先に探しているものを押さえることができれば、優位に立つことができるかもしれませんが……」
「でもヴァルトハイデは、つぎはぎの魔女には手を出しちゃいけないっていってたそうよ。あたしたちじゃ、絶対に勝てないって」
 フリッツィがいった。
「それよりも先に、ルオトリープを見つけた方がいいともいっていたそうです。ルオトリープがいなければ、つぎはぎの魔女も長くは生きられないって」
「ですが、そのルオトリープを探すことこそ至難の業です」
「いいえ、ヴァルトハイデはルオトリープを捜す手がかりも教えてくれました」
「そんなものがあるのですか?」
「なんでも、フレルクも同じような隠れ家を持ってたそうよ」
 フリッツィがいった。
 レギスヴィンダは二人から、ルオトリープ捜索の手がかりについて話を聞いた。
「――分りました。そういうことでしたら帝都からも調査隊を組織し、条件に当てはまる場所を捜索させましょう」
 レギスヴィンダは寂しくも、嬉しかった。
 ヴァルトハイデは使命を投げだしたわけではない。今も戦いを終わらせるために行動してくれていた。


 闇の中の研究室で、ルオトリープが女に手術を行っていた。
「どうだい、新しい左手の具合は?」
「……分からないわ。わたしは、何も感じないもの」
「また、探し物を見つけに行くのかい?」
「わたしには、それしかないから……」
 肉体の補修を終えると、つぎはぎの魔女は自分を呼ぶという謎の声を求めて薄暗い部屋を出て行こうとする。
 ルオトリープは、そんな女の行動に辟易すると、やめるよう言い聞かせた。
「こんなことは言いたくないが、君が探しているものなど存在しない。つなぎ合わせた肉体の生前の経験や習慣が、ありもしない記憶を造り出しているだけだ」
「そんなことないわ。わたしには、はっきりと聞こえるの。わたしを呼ぶ声が。わたしは、それを為し得ずに死んだ。そして、それをやり直すために目を覚ましたの」
「違う。君を目覚めさせたのは、このわたしだ。父の研究よりも、わたしの方が優れていることを証明するために」
「あなたには感謝しているわ。でも、わたしがすべきことは、あなたの命令を聞くことじゃない」
「分かっている。わたしも、君に無理強いをするつもりはない。しかし、一つだけ理解しておいてもらいたいことがある。このままでは、そう遠くない未来に、君は再び目を閉じることになる」
「……どういうこと?」
「わたしとて、いつまでも君の身体を治してやれるわけじゃない。ライヒェンバッハ公のおかげで、多くの実験材料を手に入れることができた。しかし、それにも限りがある。予備の肉体が底をついたとき、君は活動の限界を迎える。残念だけど、わたしにはもう、新たな身体を手に入れる手段はないんだ」
「その時は、わたしが用意してあげるわ……」
 恬然と、つぎはぎの魔女は答える。まるで悪びれる風も、感謝している風もない。ちゃんと理解しているのかも、ルオトリープは判断しかねた。
 若き研究者は言葉をなくし、女が出ていくのを見送るしかないかに思われた。その時である。男の肩にフクロウが止まった。
「……こんなときにどうした。わたしを慰めてくれているのかい?」
 ルオトリープは、消沈した自分を憐れんでいるのかと思った。だが、違った。フクロウは飼い主に見せるため、ある物を咥えていた。
「これは、菩提樹の枝じゃないか。イドゥベルガが残していったものだね。まだこんなものを持っていたのかい?」
 ルオトリープは、じゃれついているだけかと思った。だが、それも違う。フクロウが何かを伝えようとしていることに気づいた。
菩提樹の魔女(リントガルト)……そうか、その手があったか!」
 ルオトリープはあることに思い至ると、つぎはぎの魔女を呼びとめた。
「待ちなさい。君に、朽ちることのない肉体を与えてあげよう。ルーム帝国の都に、ヴァルトハイデという魔女がいる。その魔女を連れてきなさい。呪いの魔女の肉体と完全に適応した彼女の身体なら、君に対しても拒絶反応を起こすことはないだろう」
「ヴァルトハイデ……」
「そうだ。会えばすぐに分かる。君と同じ目をしているからね。彼女の身体を手に入れさえすれば、君はいくらでも探し物を続けることができる。生死は問わないよ。君なら、簡単に連れてこられるはずだ」
 発想の転換だった。ルオトリープは、自分のためにつぎはぎの魔女とヴァルトハイデを戦わせようと考えていた。それが間違いだった。
 つぎはぎの魔女は、自分のためにしか行動しない。ならば、彼女のためにヴァルトハイデと戦わせてやればよかった。
 ただし、その肉体は長い時間や強い魔力には耐えられない。それでも、ランメルスベルクの剣を持たないヴァルトハイデなら赤子の手をひねるようなものだった。
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