第33話 公爵の望み Ⅱ

文字数 3,303文字

 領主や諸侯に対するイドゥベルガの殺戮はその後も続いた。
 いずれの現場にも“菩提樹の枝”が残され、特定の人物に対するメッセージはより明確に伝わるものとなった。
 報復の連鎖がやまないことにレギスヴィンダは心を痛め、諸侯は不安と怒りを増大させる。
 それでも皇帝の意思が魔女との協和を望むものである以上、公然とこれに逆らうことは難しく、また報復に対する報復として魔女狩りを断行したとしても自身が狙われる危険が高まるばかりで、表立って行動しようとする者はいなかった。
 各地から上がる無言の悲鳴や抗議が帝都へ押し寄せると、レギスヴィンダもこのまま“菩提樹の枝の魔女”を放置しておくわけにはいかないと、遅ればせながらヴァルトハイデたちを呼んで協議を始めた。
「此度のことは非常に深刻で火急的な対応が求められます。ですが解決を早まるあまり安易な行動に出ては、事件に無関係な魔女たちにまで誤ったメッセージを送ることになるのではないかと危惧しています。本心を述べれば、どうしていいのかわたくしにはまったく答えを導き出すことができません……」
 レギスヴィンダは精神的に参っていた。
 魔女との軋轢を強めたくないという思いと、弱腰な対応では諸侯が納得しないという、相反する二つの命題に挟まれ身動きが取れなくなっていた。
「陛下のお考えは重々承知しております。ですが、罪ある者に対しては人も魔女も区別なく、厳正な裁きを下すべきかと意見いたします」
 ヴァルトハイデがいった。当たり前のことではあるが、レギスヴィンダにとっては、これほど難しい判断はない。
「……それは菩提樹の枝の魔女を捕え、断獄に処すべきということですか?」
「それ以外に今回の出来事を解決する方法はありません」
「それはなりません。そんなことをすれば、魔女狩りを禁止するようにと指示を行ったわたくし自身が禁を犯すことになります。それでは罪なき魔女を裏切ることになり、ルーム帝国の皇帝は自分の言葉にも責任を持たない卑怯者とのそしりを招くことになります」
 結局のところレギスヴィンダの真面目さ、別の見方をすれば融通の利かなさが結論を難しくさせていた。そこが新皇帝の美徳でもあったが、一方で優柔不断、無責任と映る面もあった。
 もどかしさを感じてゲーパが声を上げる。
「そんなことはありません。他の魔女も今回のようなやり方で復讐することを望んだりしません。みんな、本心では人と仲良く暮らしたいと思っているはずです!」
 その意見に、フリッツィも「うん、うん」と頷く。レギスヴィンダには、自分さえも古い価値観にとらわれていたいことを気づかされる発言だった。
「魔女の中にも、わたくしと同じように共存を望む者がいるというのですか……?」
 戸惑いながら訊ねると、やや辛辣にフリッツィが答えた。
「そんなの当たり前じゃない。ここにいるヴァルトハイデやゲーパを見れば分かるでしょ。お姫様は……じゃなかった、皇帝陛下(・・・・)はそんなことも忘れてしまったの?」
 レギスヴィンダにとっては、目から鱗が落ちる思いだった。
 七人の魔女が帝都を襲い、皇女としての運命に従ってハルツへ行くことを命ぜられ、ヴァルトハイデたちに出会い、今までともに戦い過ごしてきた日々のことを想い出した。
「……フリッツィのいうとおりです。わたくしは皇帝としての務めを果たすことばかりを考え、周囲のことが見えなくなっていました。ハルツへ行き、あなたたちに会い、あなたたちがわたくしたちとなんら変わることのない同じ人間であることを知って、わたくしは魔女とも分かり合えることを確信しました。なのに、わたくし自身が、魔女が本当に何を望んでいるのかを見失っていたようです。もしかしたら、わたくしが一番魔女に怯えていたのかもしれません…………」
 ゲーパがいってくれた魔女の側でも人との共存を望んでいるという言葉は、今まで一方的な歩み寄りでしか平和を築けないと思い込んでいたレギスヴィンダの(くら)く閉じた瞳を(ひら)かせるものだった。
 レギスヴィンダは、そんなことも分からなくなっていたのかと自分が悲しくなった。
 こんなことでは皇帝として務まるはずがなく、人と魔女が共に暮らせる社会を実現することもできはしないと自らを責めた。
 そんなレギスヴィンダを、さらにフリッツィが厳しく非難した。
「違うわ! そうやって、すぐ悲観的になって自分を責めるのがあなたの悪い癖よ。みんなに気に入られようと思って、人にも魔女にもいい顔しようとするから、出口の見えない迷路に迷い込んじゃうの。皇帝なんだから、もっとわがままに『予の命令じゃ!』って、いうこと聞かせればいいのよ。あなたの父親もお祖父さんもそうだったわ。でもね、そうじゃないから、あたしたちはあなたの傍にいるの。あなたは今までの皇帝とは違うことをしようとしてるんだから、今までの皇帝みたいに振る舞わなくていいのよ。もっと素直に、自分らしく、どうしたいのかはっきり口にしなさい。あたしたちを頼って、甘えればいいわ。そしたら人生経験豊かなお姉さんが、解決の手助けをしてあげるから!」
 奔放なフリッツィらしい、少し意地悪な励ましだった。
 表現の仕方は違うが、ヴァルトハイデやゲーパも同じ思いである。
 皇帝の地位に押し潰されそうになっていたレギスヴィンダは、自分には支えになってくれる者たちがいることを改めて気づかされた。
「本当にわたくしはだめですね……いいえ、違います。では、フリッツィに訊ねます。此度の件に対し、もっとも適切だと思われる解決策を答えなさい」
「そんなの決まってるじゃない。事件を起こした魔女を捕まえて、責任を取らせるのよ!」
「どうやって魔女を捕らえるのですか?」
「それは……ほら、ヴァルトハイデがなんとかするわよ。ね?」
 大見得は切ったものの、具体的な方法を問われると後が続かない。
 突然バトンを渡されたヴァルトハイデは困惑するばかりだった。
「……残念ながら菩提樹の枝の魔女を特定する手がかりは多くありません。個人の犯行なのか、共犯者がいるのか、それさえも判断できません」
 ヴァルトハイデが答えた。ゲーパも続ける。
「グローテゲルト伯爵夫人も手を尽くして正体をつきとめようとしてるけど、さっぱりだっていってたわ」
「一応あたしも野良猫たちに訊いてみたけど、みんな知らないって」
 フリッツィがいった。
「やはり、裏で手を引いているのはフレルクなのでしょうか?」
 レギスヴィンダが質問する。三人も、その線は疑っていた。
「否定も肯定もできません。ですが菩提樹の枝を残していくという行為から、その意図やメッセージははっきりと読み取れます。菩提樹の枝の魔女は自分がリントガルトの後継者であると誇示しているのでしょう。そして、その最終的な目的は陛下とわたくしの命を奪うことです」
 ヴァルトハイデが答えた。これについては誰も異論がない。
「帝都の警戒も強化しなければなりませんね」
 レギスヴィンダがいった。頷いてフリッツィが答える。
「何にしても、焦って挑発に乗っちゃダメよ。結局、時間はかかっても魔女が出た場所を順番に調べ直していく以外に正体を突き止める方法はないんじゃないかな?」
 珍しくまともなことをいった。ゲーパもその意見に賛成した。
「それだったら、あたしとフリッツィに任せてください。一から、犯行現場を調べ直してきます。ヴァルトハイデは、レギスヴィンダ様の傍にいてあげて。隙を狙って、菩提樹の枝の魔女が襲ってくるかもしれないから」
 ヴァルトハイデは頷く。レギスヴィンダも了承した。
「わかりました。では、二人だけでは危険なので護衛に宮廷騎士団を付けましょう。どんなに些細なことでもいいので、手がかりを見つけてきてください。そうすれば諸侯も納得してくれるでしょう」
「宮廷騎士団が同行してくれるなら、あたしたちも安心です」
「任せといて。あたしとゲーパで魔女の正体を突き止めて帰ってくるから!」
 力強くフリッツィが宣言する。
 根拠のない自信にレギスヴィンダは苦笑する。いつ以来だろうか。陛下の貌に笑顔が戻ったことにヴァルトハイデは安堵した。
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