第36話 解放者 Ⅲ

文字数 3,095文字

 シュトロメックが待ち望んだ機会は、意外と早く訪れた。
 ある収容所を解放した時のことだった。
「オレたちはリカルダ率いる風来の魔女集団だ。捕まった奴はみんなついて来い、お前たちを自由にしてやる!」
 牢の鍵を開け、出てくるよう呼びかける。大勢の人間が「助かった!」「ありがとう!」と感謝の言葉を口にする。その中に、解放者の名前を聞いて驚きの表情を浮かべる夫婦がいた。
「あんた、いま何といった?」
「リカルダといったのかい?」
「……なんだ、お前ら?」
 自分の方へ近づいてくる夫婦に、シュトロメックは困惑する。
 夫婦がどうしてもリカルダに会わせてほしいと訴えるので、男は仕方なく連れて行くことにした。


 近くの林で女たちが待機している。
「わたしに会いたがっている人間がいると?」
「シュトロメックがそういっていたそうだ」
「………………」
 横笛の魔女が用件を伝えると、リカルダは躊躇った。
 いったい何者であろうか。シュトロメックのことだ、何か企んでいるかもしれないと他の者たちが警鐘を鳴らす。
「……分かった。連れてくるよう伝えてくれ」
 リカルダは逡巡するも会ってみることにした。
 個人的な感情はあっても、シュトロメックも集団の一員である。無碍に断ることはできなかった。
 オーディルベルタに連れられてシュトロメックと夫婦がやってくると、リカルダは驚きの色を隠さなかった。
「……おじさん、おばさん」
「リカルダ……」
「やっぱり、あなただったのね!」
 二人はルートヴィナの両親だった。随分とやつれてはいるが、見間違えるはずがない。
 リカルダにとって再会は感動的ではなく、ただただ意外なものだった。
「なんだ、やぱり知り合いだったのか……よかったな、リカルダ。積もる話もあるだろうし、今夜はたっぷり再会を懐かしめばいい。オレは邪魔しないよう、向こうへ行ってるからよ……」
「ああ、御苦労だった」
 男は、すごすごとその場を離れる。これまでで初めてだった。リカルダが、本心からシュトロメックを労い感謝したのは。
 風来の魔女は他の仲間にも席をはずしてもらい、三人だけで話しをした。
「なぜ、お二人がこんなところに?」
「お前が去った後、しばらくしてから魔女を匿っていたという容疑をかけられてな」
「そうでしたか、すみません。わたしのために……」
「そんなことないわ。あなたは仲間のために、立派に戦っていると聞いたわ」
 リカルダにとっては感慨無量だった。自分のせいで多くの迷惑をかけながら、二人は全くそれを責めようとしなかった。そればかりか、様々な葛藤や後悔を抱えながら戦う自分を立派だといってくれたことに、感謝や償いの気持ちが絶えなかった。
「ところで、ルートヴィナは?」
 肝心な人間がいないことは、リカルダも最初から気づいていた。すでに処刑されたのではないかと怖れた。
「心配しないでくれ。ルートヴィナは、わたしたちが捕まる直前に逃がすことができた」
「今はどこに?」
「分からないわ。でも、ブルーフハーゲンへ行きなさいといっておきました。あそこの領主様は、魔女にも寛容だと聞いたので」
「ブルーフハーゲンですか……分かりました。ルートヴィナのことです、きっと無事でいるはずです。心配せずとも、わたしが見つけます。おじさんもおばさんも、苦労されたことでしょう。このような場所では満足にとはいきませんが、ゆっくりと休んでください」
「ありがとう、リカルダ」
「わたしたちのことは気にしなくていいのよ。あなたは、あなたのすべきことをしっかりとしなさい」
「はい。おじさん、おばさん……」
 ルートヴィナの両親を救いだせたことは幸いだった。しかし、そのためにまた大きな責任と葛藤を背負うことになった。
 リカルダたちのすぐ傍で、気配を殺して盗み聞きをしている者がいた。
「おい、シュトロメック、そんな所でなにしてる?」
 近くを通りかかったエメリーネが注意する。
「な、なんでもねえよ……リカルダに客人を連れてきただけだ」
「本当か……?」
 怪しみながら睨みつけると、シュトロメックはその場から逃げ出そうとした。エメリーネは男を呼びとめると、その背中に向かって忠告した。
「変な気を起こすなよ。あたしの目は、いつでもお前を見張ってるからな」
「分かってるよ。そう恐い顔をするなよ。仲間じゃないか……」
 シュトロメックは振り返って愛想笑いを浮かべる。腹の中で嘲笑いながら。


 深夜のことだった。
 人も魔女も含め、集団のほとんどが寝付いたころ、焚火のそばに腰かけた夫妻の下へやってくる男がいた。夫妻も眠る準備を始めるところだった。
「ここにいましたか……」
「えっと、シュトロメックさんでしたか……どうかしましたか?」
「リカルダに、話があるから呼んできてくれと頼まれたんだ」
「こんな時間に……ですか?」
「急用だとかで」
「そうですか。わかりました……」
 夫妻は違和感を覚えたが、リカルダが呼んでいるのならと腰を上げた。
 二人を案内し、林の中を進む。辺りは暗く、静まり返っている。
「あの、リカルダは……?」
 昼間会話した場所とは違う。こんなところで、と思いかけた時だった。
「悪いが、お前たちには帝国との取引材料になってもらう」
「だ、騙したのか……!?」
「お前たちの方こそ、魔女を匿って世間を欺いていたんだろ?」
「それは……」
 シュトロメックが答えると、木々の間に隠れていた男たちが現れる。
「連れて行け!」
 脱獄囚たちに命令すると、男は夫妻を連れて魔女たちの前から姿を消した。


 林の中に朝陽が差し込む。
 燃え残った焚火のそばに腰かけたまま、浅く眠るリカルダを呼び起こす声がした。
「大変だ、リカルダ、二人がいない!」
 目を覚ました風来の魔女はどういうことかと訊ねた。
「シュトロメックたちも見当たらない。やつら夜のうちに二人を連れて逃げやがったんだ!」
 仲間たちが説明すると、リカルダは「やられた……」とほぞを噛んだ。
「ごめんよ、リカルダ、あたしが見張ってるって約束したのに……」
 エメリーネが謝罪する。リカルダは責めない。年少の魔女に、深夜を含めて二十四時間監視していろとはいえなかった。
「でも、どうして二人を連れて行ったんだ……自分たちだけで逃げるほうが楽だろうに?」
 オーディルベルタがいった。逃走するためなら金目の物を持ち去るだろうが、風来の魔女集団にそんなものはない。人さらいに売り飛ばそうというのなら、若くて元気な者が他にいた。
「そういえば昨日、シュトロメックがリカルダたちの話を盗み聞きしてたんだ……」
 エメリーネがいうと、リカルダは元囚人たちの目的を察知した。
「帝国に取り入るための材料にするつもりなのだろう。二人を人質にして、わたしをおびき出すために……」
 なんという悪辣な企みであろうか。あの男ならやりかねないと、仲間たちは憤る。
「あいつら、リカルダに助けてもらったくせに!」
「だからわたしは、最初からあんな連中を加えるのは反対だったんだ!」
 口々に非難しあうが、今となっては後の祭りだった。
「狡猾なシュトロメックのことだ、いまから後を追っても捕まえることは無理だろう。二人のことは心配だが、残された者のことを優先しなければならない。ここにいては危険だ。他の場所へ移ろう」
 再び二人を巻き込んでしまったことは悔やんでも悔やみきれなかった。本心では、すぐにでも助けに向かいたかった。しかし、リーダーが取り乱したのでは、他の者まで立場を危うくする。
 人質として連れて行ったのならすぐに殺しはしないだろう。リカルダは冷静に自分に言い聞かせ、二人の救出を後回しにすることにした。
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