第38話 風立ちぬ Ⅰ

文字数 2,028文字

 風来の魔女集団と密接に係わったとされる夫婦を捕え、アルンアウルトにて公開の審理を行うというライヒェンバッハ公の発表は帝都をも震撼させた。
 玉座の前にルートヴィナが連れてこられ、捕まったのが自分の両親だと確認する。
「間違いありません。父と母です……」
「やっぱりライヒェンバッハ公爵は二人を利用して、リカルダたちを誘き出そうとしているのね。ほんと、汚い連中だわ!」
 その意図を読み取り、フリッツィが非難した。
「でも、風来の魔女たちも、当然そのことには気づいてるでしょ? 簡単に、誘いに乗るとは思えないけど……」
 ゲーパがいった。こんな見え透いた罠に引っ掛かるだろかと。
 それについては、レギスヴィンダやヴァルトハイデも同意見である。フリッツィだけが、納得できない様子だった。
「じゃあ、リカルダたちはルートヴィナの両親を見捨てちゃうっていうの?」
「そうじゃないけど……ライヒェンバッハ公もたくさんの兵隊を用意して待ち構えてるんでしょ。そんなところへ出て行っても捕まるのが落ちよ」
「そんなことないわよ。風来の魔女集団って強いんでしょ? ライヒェンバッハ公爵ぐらいなんなく片付けちゃうわよ」
「そうかな。でも、もしそんなことになったら……」
「ゲーパのいうとおりだ」
 二人の会話に割って入る者がいた。グローテゲルト伯爵夫人だった。
「なによ、フェルディナンダまで。戦っても、リカルダたちじゃ勝てないっていうの?」
「そうではない。今の風来の魔女集団なら対等とまではいかないが、ライヒェンバッハ軍に対しても善戦するだろう。だが、そんな力を持った人と魔女が激突すれば、アルンアウルトのような小さな村は壊滅的な打撃を被ることになる。リカルダたちやルートヴィナの両親ばかりか、多くの住民が巻き添えになるだろう」
「あ、そっか……」
 納得いかない様子のフリッツィだったが、グローテゲルト伯爵夫人の言葉を聞いて理解した。
「おそらくリカルダは、ライヒェンバッハ軍との全面対決を避け、別の方法を模索するはずだ」
 ヴァルトハイデがいった。レギスヴィンダも同じように考えている。
「でも、別の方法っていったって、何か妙案があるっていうの?」
 フリッツィが訊ねた。
「それは……」
 ヴァルトハイデは言葉につまった。他の者たちも、具体的な回答をすることはできなかった。
「リカルダなら、きっと一人で行くと思います」
 皆が黙り込んだところで、ルートヴィナが口を開いた。
「それは無茶よ。いくら強いっていったって、一人でライヒェンバッハ公爵には勝てないでしょ?」
 さらに、フリッツィが否定した。その通りではあるが、ルートヴィナには別の思いがあった。
「……戦うだけが、解決方法じゃないと思います」
「それって、潔く出頭するっていうこと?」
 ゲーパが訊ねた。
「リカルダは、そういう人です……」
「自分の命と引き換えに、二人を釈放するよう交渉するつもりだというのですね?」
 レギスヴィンダが訊ねた。
「はい……」
 それならばライヒェンバッハ公も取引に応じるかもしれない。しかし、レギスヴィンダにとっては犠牲者の数が少なければいいという話ではない。
 人の命も魔女の命も、すべてが守られなければ意味がなかった。
「ヴァルトハイデ――」
「はい、陛下」
「あなたに命じます。今すぐアルンアウルトへ向かい、わたくしの意を伝えなさい。かような審理は中止し、即刻捕らえた夫妻を解放するようにと」
「分かりました。ですが、もしライヒェンバッハ公が陛下の御意に従わなかった時には?」
 酷な質問だった。しかし、その可能性は十分にある。レギスヴィンダも、覚悟した上でヴァルトハイデに命じた。
「……これが最後通告です。もしもわたくしの意に従わない時にはライヒェンバッハ公を叛逆者とし、帝都直属の皇軍をもってこれを討ちます。叔父には、その様に説明してください」
「御意」
 レギスヴィンダは、以前フロドアルトから言われた言葉を思い出した。

 これからは諸侯が敵になる――

 まさかその相手が叔父であるライヒェンバッハ公になるとは、言った方も言われた方も想像すらしなかっただろう。
 しかし、これ以上ルペルトゥスの暴走を放置すれば皇帝の権威は失墜し、国家としての秩序も失われることになる。
 レギスヴィンダとしては、そのような結末にだけは至らせるわけにはいかなかった。たとえライヒェンバッハ公を含めた強硬派の諸侯が反発することが目に見えていたとしても、確固たる態度を示すより他にない。
 どうか賢明な判断を行うように、姪の手で叔父を討つような不幸を起こさないで欲しいと祈るばかりだった。
「ところで、こんな時にフロドアルト公子は何してるの?」
 フリッツィがぼやいた。父を説得するといって出て行ったきりだった。
 グローテゲルト伯爵夫人が説明する。
「ハイミングで蟄居(ちっきょ)中だ」
「ほんと、肝心な時にかぎって役に立たないわね。あのお坊ちゃん」
 ルーム帝国に嵐が吹き荒れようとしていた。
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