第43話 再会と別れ Ⅰ

文字数 2,335文字

 魔女が倒されたという報せを聞いて、ベロルディンゲンにフロドアルトが戻った。
 混乱の、いま一方の首謀者を取り逃がしたことについては悔やまれたが、これについてヴィッテキントたちを責めることはできなかった。
 信頼していた主治医に裏切られ、利用されていたことを知ったルペルトゥスは心身ともに衰弱し、自己の罪と過ちに向き合いながら臨終の時を迎えようとしていた。
 枕元にフロドアルトを呼ぶと、想いを伝えた。
「フロドアルトよ、この愚かな父を許してくれ。もっと早く、お前やゴードレーヴァの話を聞いていれば……わたしは、取り返しのつかないことをしてしまった……」
「父上のせいではありません。すべては人の弱みに付け入り、魔女の術を用いて人心を惑わせたルオトリープによって引き起こされたこと。父上もまた、被害者なのです」
「皇帝陛下には謝罪のしようもない……さぞ、わたしを恨んでいるだろう…………」
「そんなことはありません。陛下は父上を信じ、案じておられました。術が解けたことを知れば安堵し、これまで通り父上を頼りにされるでしょう」
「……そうであったな。陛下は幼いころから心やさしく、病弱だったわたしを何度も見舞ってくれた……なのにわたしは叔父として何もしてやれぬばかりか陛下の御意に背き、ルームの歴史に泥を塗った。悔やんでも悔やみきれぬ……魔女たちにも詫びておいてくれ。今後、そなたたちの生存を脅かすことは決してない。ライヒェンバッハ家の名において、二度と魔女狩りのような行為が繰り返されないことを約束すると……」
「風来の魔女については、このフロドアルトが責任を持って過ちを償います。ハルツとの間に盟約があったことも、父上にさえお話しできなかったことをお許しください」
「お前には苦労をかけるな……これからも陛下の力となり、この国を盛り立てていってくれ…………」
「父上!」
 ルペルトゥスはゆっくりと目を閉じると、安らかな表情で息を引き取った。
 死の報せは帝都にも伝えられ、レギスヴィンダやゴードレーヴァを悲しませた。それでも最期に術が解かれ、善良で思慮深いライヒェンバッハ公に戻ることができたことに救われた。


「で、ヴァルトハイデはどうしてるの?」
 ベロルディンゲンの一室で、ゲーパがフリッツィに訊ねた。
「部屋に引きこもったきりよ」
 勝利の立役者であるはずのヴァルトハイデに晴々しさはなかった。
 戦いに勝ったことよりもランメルスベルクの剣が折られたショックの方が大きく、誰とも顔を合わせようとせずに部屋の中でふさぎこんでいる。
 戦いの場に居合わせなかったゲーパはフリッツィからその時の様子を聞くと、未だに信じられないといった様子で答えた。
「まさか、ランメルスベルクの剣が折られるなんてね……」
「あたしも目を疑ったわ。あんな方法で簡単に折れちゃうなんて。想像もしなかったわよ」
「でもランメルスベルクの剣って、少しぐらいの傷なら再生しちゃうんじゃなかったの?」
「程度にもよるわよ。いくら魔力を帯びた剣だからって、あんなにぽっきりいったんじゃ……」
「じゃあ、もう元には戻らないの?」
「知らないわよ。今までに折れたことなんてないんだから」
「あたし、一度ハルツへ帰って、ひいお婆ちゃんに相談してみるわ……」
「そうね。それより深刻なのは、剣よりもヴァルトハイデ自身よ。油断があったんだろうけど、あんな格下の相手にしてやられちゃうなんて。自信もなくしちゃうわよね」
「折られたのはランメルスベルクの剣じゃなくて、ヴァルトハイデの心だったってこと?」
「あのイドゥベルガっていう娘、異常だったけどリントガルトちゃんへの想いは本物だったわ。だからこそ、お姉ちゃんとしてはショックが大きかったのかもね」
「でも、イドゥベルガのしたことって正しいとはいえないわ。自分の命を捨ててまで復讐しようなんて……リントガルトも、そんなこと望んでないはずよ!」
「あったりまえよ。でも、理屈じゃないわ。イドゥベルガは剣を折るためだけに命を捨てたの。それがリントガルトちゃんの仇を討つことになるんだって信じて」
「ルオトリープに唆されてたからでしょ?」
「そうよ。でも、だからって、逆の立場でヴァルトハイデに同じことができたと思う?」
「いくらヴァルトハイデでも、そこまでは……っていうか、そんなことになったら、あたしが止めるわ!」
「だからよ。ヴァルトハイデだって、いつでも自分の命を投げ出す覚悟はあったはずよ。でも、まわりに誰も止めてくれる人のいないイドゥベルガの孤独や、異常だけど純粋な思い込みに比べれば、自分の覚悟なんてまだまだ甘いと感じちゃったんでしょう」
「それって、あたしたちがヴァルトハイデの弱みになってるってこと?」
「そうじゃないけど、あの娘も思い詰めちゃう方だから……」
「ヴァルトハイデ……立ち直れるかな?」
「立ち直ってもらうわよ。でなきゃ、このままルオトリープの思い通りよ」
「ランメルスベルクの剣も直さなきゃね」
「そうね。大変だけど、またハルツへ行ってくればいいわ。たぶん、ブリュネやヘーダ様が何とかしてくれるわよ」
「なに他人事みたいにいってるのよ。元はといえば、フリッツィが勝手なことしたからでしょ。責任とって、ちゃんとついてくるのよ!」
「えー、違うわよ。あたしのおかげで解決できたんじゃない。あたしがいなかったら、もっとひどいことになってたわ。誉めてもらいたいくらいよ!」
 ゲーパとしては、もう少し反省を促したかったが、フリッツィにはまるで悪びれた様子がない。
 このいい加減さを少しでもヴァルトハイデに分けてあげることができたならショックや責任を引きずることもないだろうにと、つくづく黒猫の性格を羨まずにはいられなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み