第36話 解放者 Ⅱ

文字数 1,243文字

 ある町で、女たちが処刑されようとしていた。
 火刑台に縛り付けられ、その足下へ浄化の炎が投げ込まれようとした瞬間だった。
「その処刑、待った!」
 突然、広場に声が響いた。
 つめかけた群衆が何事かとざわめきだす。
「見ろ、屋根の上に誰かいるぞ!」
 処刑場を警備する兵士の一人が教会の鐘楼を指差して叫んだ。
「わたしたちは風来の魔女集団。不当な裁判によって濡れ衣を着せられた女たちを助けにきた。帝国兵に告げる。速やかに女を解放し、この町から去れ!」
 屋根の上の魔女が警告すると、兵士たちは慄いた。
「風来の魔女集団だと……!」
 当初その名はライヒェンバッハ公を支持する者たちによってつけられた便宜的な名称だったが、今では帝国に反旗を翻す魔女集団の呼び名として公式に採用されていた。
 リカルダもこの呼び名を気に入り、帝国に対して効果的に脅威を与えられると、半ば面白がって使用した。
「……ルーム帝国に弓引く妖婦の集団め! お前たちの好きにはさせぬぞ! やれ、奴らを討ちとって我らの正義と威信を示せ!」
 隊長が兵士に命じる。リカルダも、彼らが警告だけで退散してくれるとは考えていなかった。たいていの場合、戦闘へと発展した。
「愚か者め!」
 リカルダは風を操って広場に竜巻を発生させる。兵士も群衆も砂埃で視界を塞がれ、同時に火刑のために用意した松明の火が吹き消される。
 竜巻が収まったとき、火刑台から女たちは消えていた。初めから群衆の中に仲間を潜ませ、リカルダの合図で助け出す算段になっていた。
「女はいただいた。さらばだ!」
 リカルダが姿を消した時には、悔しがる兵士の姿があるばかりだった。


 町の外れで、助けられた女たちが感謝の声を上げる。その傍らで、冷やかに華やかな救出劇を見守る男たちがいた。
「見ろよ、シュトロメック。今日も魔女にされた女が助けられ、助けた魔女に感謝している。へどが出るぜ!」
 吐き捨てたのは、シュトロメックと共にデルツェピヒ監獄を脱獄した元囚人である。彼らは魔女と力を合せ、非道な帝国と戦っていた。表面上は。
「いつまでこんなこと続ける気だ? まさかお前、本気で魔女の手下になったわけじゃないよな?」
 皮肉るように男がいうと、シュトロメックは驚くほど神妙な顔で答えた。
「バカなこというもんじゃねえ。オレたちは義賊『風来の魔女集団』だぜ。美しい光景じゃねえか……」
「なっ……!?」
 意外な返答に、男は絶句する。まさか、あの(・・)シュトロメックが本気で心を入れ替え、不幸な女たちのために働いているのかと。
 が、すぐに元凶悪犯はほくそ笑んだ。まるで自分の台詞に噴き出すのをこらえるように。
「……今はまだ、その時じゃねえ。所詮オレたちは脱獄囚。どこへ行こうと帝国に追われる身だ」
「そうだけどよう……」
「焦ることはねえ。時間はたっぷりあるんだ。機会を待つんだよ。帝国と取引できる材料が出そろうまでな」
 よこしまな本性を秘めた目でリカルダを見やる。女たちにその気がないように、男たちにも仲間意識はなかった。
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