第39話 すれ違い Ⅰ

文字数 3,148文字

 兄のもとを訪れ、父の異変の理由を語ったゴードレーヴァは、同じ話を皇帝陛下にもするようにといわれ、帝都へ向かった。
「……そうですか、ライヒェンバッハ公にそんなことが。それで、説得のためにフロドアルト公子が向かわれたのですね?」
「お兄様は、必ず自分がお父様をお止するといわれ、お従姉さまにも……あ、いえ、皇帝陛下にも、安心して待つようお伝えするようにといわれました」
「分かりました。わたくしは元よりフロドアルト公子を信頼しています。心配はしておりません」
「そのお言葉を聞けば、お兄様も勇気づけられます。今後も、ライヒェンバッハ家は陛下への忠誠を誓わせていただきます」
 幼い公女には、父や兄や自分たち家族がどうなってしまうのかという不安があった。皇帝の御意に背いた父は叛逆者となり、ライヒェンバッハ家は取り潰しにあうかもしれない。
 そんな恐怖で固くなった従妹に、レギスヴィンダは優しく微笑みかけた。
「本当に大変でしたね。よく事実を報せてくれました。あなたのライヒェンバッハ公やフロドアルト公子を思いやる心が、きっと事態を改善してくれるはずです」
「はい、陛下……」
「それと、ゴードレーヴァ」
「はい」
「わたくしのことは、今まで通りお従姉さまと呼んでくれて構いません。その方が、わたくしとしても嬉しく思います」
「はい、お従姉さま!」
 レギスヴィンダの言葉が、凝り固まっていたゴードレーヴァの緊張や恐怖心を解放させた。
 公女は、自分でも忘れてしまっていた笑顔を取り戻した。
「それより、ヴァルトハイデは……?」
 ゴードレーヴァが訊ねた。
「フロドアルト公子から聞いたのですね?」
「はい……」
「ヴァルトハイデたちもアルンアウルトへ向かわせました。わたくしの名代として、かような裁判は中止するよう申しつけるために」
 命の恩人であり、憧れ続けた本物の魔女に会えないのは残念だった。それでも、この混乱を収束させるため、レギスヴィンダも先んじて最も頼りになる者を送り出していてくれたことは、ゴードレーヴァにとって大きな心強さとなるものだった。
「待ちましょう。ヴァルトハイデや、フロドアルト公子が朗報を届けてくれることを」
「はい、お従姉さま」
 宮廷には、希望がつながれた。


 アルンアウルトでリカルダを助けたヴァルトハイデは、ゲーパ、フリッツィとともに、彼女を魔女たちのアジトへ運んだ。
 傷つき帰ってきたリーダーのもとへ仲間が集まってくる。
「リカルダ!」
 不安げにエメリーネが呼びかける。
「大丈夫よ、傷は深いけど命に別条はないわ」
 意識を失ったリカルダに代わり、ゲーパが答える。初歩的な治療魔法が使えるゲーパは、アルンアウルトで応急手当てを行った。
 それでも予断は許さない。ゲーパはエメリーネたちとリカルダをアジトの奥へ運び、さらに手厚い治療を行った。
 リカルダが運ばれていくのを見届けると、横笛の魔女オーディルベルタが訊ねた。
「あなたたちはいったい……?」
「わたしは皇帝陛下の代理として帝都から来たヴァルトハイデだ」
「と、そのお目付け役のフリーデリケよ。特別に、フリッツィって呼んでもいいわよ」
「ヴァルトハイデ……!」
 二人が名乗ったとたん、魔女たちは身構えた。その豹変ぶりに、フリッツィが驚いた。
「……どうしたの?」
「お前たちだな、リントガルト様の邪魔をしたのは!」
 魔女たちの口から発せられた以外な名前に、ヴァルトハイデは言葉を失う。
 フリッツィはそういう(・・・・)ことかと理解すると、ごまかす素振りもなく答えた。
「なるほどね……そうよ。あなたたちの大事なリントガルト様を殺したのは、この娘よ!」
「やはりそうか……ならば、リカルダをやったのもお前たちだな! あたしたちの前に乗り込んでくるとはいい度胸だ!」
 風来の魔女たちは、帝国が攻めてきたと身構えた。
 完全なる誤解なのだが、仕方のない部分もある。皇帝とライヒェンバッハ公の間に確執が生じていることを、彼女たちは知らないのだから。
 返り討ちにしてやろうと一触即発の緊張感が高まったが、そんな空気などどこ吹く風と、さらにフリッツィが言い返した。
「勘違いしないで。魔女狩りをしてるのはライヒェンバッハ公爵っていう、それは厭味で憎ったらしい、親子そろってろくでなしの分からず屋よ。公女のゴードレーヴァちゃんだけは別だけど。皇帝陛下の意志じゃないわ。それに、ここにいるヴァルトハイデは、リントガルトのお姉ちゃんだったのよ!」
 その言葉に、今度は風来の魔女たちが驚いた。にわかには信じがたい内容だった。
「皇帝の犬になり下がったハルツの魔女が、リントガルト様の姉だと……!」
 フリッツィは複雑な気持ちで答える。
「……犬っていう言い方はあれだけど、あなたたちも魔女なら分かるでしょ。魔女の呪いに囚われたリントガルトちゃんを助けるためには、殺してあげるしかなかったってことを」
「………………」
 魔女たちは押し黙った。
「あなたたちの中にも、黒き森の生き残りがいるのかもしれないけど、戦いはもう終わったのよ。リントガルトちゃんも、こんなこと望んでいないわ。皇帝陛下だって、今もあなたたちと分かり合おうって努力してるわ」
「皇帝は、あたしたちの敵じゃないのか……?」
「ぜんぜん。あたしたちは皇帝陛下の命令で、裁判を止めに来たの。て言っても、あたしたちが着いた時には誰もいなくて、今にも倒れそうなあの娘が残されてただけだったけどね」
「誰もいない……じゃあ、リカルダは誰にやられたんだ?」
「知らないわよ、そんなこと。だいたい、あたしたちが彼女を襲ったんなら、わざわざ治療して、こんなとこまで連れてきてあげたりしないわよ」
 言われてみれば、その通りである。魔女たちは、自分たちが誤解していたことを認めた。
「ひとつ訊いてもいいか。村には誰もいなかったといったが、被告にされた夫婦はどうなった?」
 オーディルベルタが訊ねた。すでに処刑されたという可能性もあった。
 フリッツィが否定する。
「ルートヴィナの両親のことね」
「……そんなことまで知っているのか?」
「もちろん。皇帝陛下は何でもお見通しよ。て、言いたいところだけど、本当はルートヴィナに頼まれたの。リカルダを助けてほしいって。無鉄砲な娘だから、ひとりでアルンアウルトに乗り込んじゃうんじゃないかって、すっごく心配してたわ。実際、そうだったみたいだけど。ルートヴィナ自身は帝都にいるわよ。皇帝陛下に保護されてね。あとであの娘が目を覚ましたら教えてあげるといいわ」
「皇帝陛下が……それで、二人は?」
「処刑が行われた跡はなかったわ。だから、まだ捕まってるんじゃない。リカルダが、うわごとみたいに二人を助けに行かなきゃっていってたから」
「そうか……」
 オーディルベルタたちにとっては裁判がどうなったのか、なぜリカルダだけがアルンアウルトに残されていたのか、分らないことだらけだった。
 詳しいことを知るには、本人が意識を回復してから訊ねるしかなかった。
「ところで失礼ですが、あなたは何者ですか。ただの人間とも、魔女とも見えませんが?」
「あたし? あたしはハルツの使い魔。今は訳あってルーム帝国の皇帝陛下にお仕えしているの」
「ハルツの使い魔……」
「ハルツとルーム帝国は昔から密約を結んでたの。何かあったときには協力するってね。だから、少なくても今の皇帝は魔女(あなたたち)の敵じゃないわ。でも気をつけて、この娘だけは冗談が通じないから、何かあったら怖いわよ。すぐに、伝説の剣を振り回すんだから」
「黙れ」
 オーディルベルタたちには状況が掴めない。ともかく、目の前の者たちはリカルダを助けてくれた恩人である。
 皇帝も、自分たちを敵視しているわけではないということだけはぼんやりと理解した。
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