第25話 同盟 Ⅱ

文字数 1,810文字

 レムベルト皇太子が踏破したとされる勝利の道を探すため黒き森へ分け入った斥候隊と、これを迎え撃った糸車の魔女が戦った後のことだった。
 遺体の残る深夜の水辺に二人の女が現れた。
「間違いない、ルームの騎士だ。命令どおりアスヴィーネが殺ったようだ」
 糸で首をくくられ枝から吊るされた遺体を発見し、大柄な女が、小柄な女に告げる。
「死体なら、こっちにもある。ずいぶん派手に戦ったようだな」
「ルームの騎士も存外だらしない。アスヴィーネ相手にこの様とは、わたしたちが出るまでもなかったな」
 二人は、糸車の魔女が命令どおり侵入者を排除したかを確かめるためにやってきた、リントガルトの配下だった。騎士の遺体を発見し、物足りなさを感じながらも納得した様子だった。
「トゥスネルダ! こっちへ来てみろ!!」
「どうした、グーニルト?」
 突然、慌てながら小柄な魔女が大柄な魔女を呼んだ。二人の目の前に、倒れたアスヴィーネの姿があった。
「死んでいるのか?」
 大柄な魔女が訊ねる。
「……いや、かろうじて息はあるようだ」
 小柄な魔女が生存を確認する。オトヘルムに腹を刺され、アスヴィーネは意識を失っていた。
「相討ちといったところか。アスヴィーネのやつもだらしない」
「とはいっても、このままにしておくわけにもいかない。城へ連れて帰るぞ」
「フンッ、面倒をかけやがって!」
 二人は不承不承ながらも、倒れた魔女をミッターゴルディング城へ運んだ。


 夜が明けたころ、玉座に腰掛けるリントガルトの前に、股肱の魔女キューネスヴィトが報せを告げに現れた。
「リントガルト様、トゥスネルダとグーニルトが戻ってまいりました」
 意識を失ったままのアスヴィーネを抱きかかえ、二人がリントガルトの前に進み出る。
「ごくろうだったね。あれ、アスヴィーネ死んじゃったの?」
 二人を労いながら、リントガルトが訊ねた。アスヴィーネを抱えたまま、大柄な魔女トゥスネルダが答える。
「いいえ、腹を切り裂かれてはいますが、一命は取り留めています。自らの糸で、縫合を行ったようです」
「へぇー、器用なもんだね。自分で傷を縫い合わせちゃうなんて」
 トゥスネルダが無造作にアスヴィーネを仰向けに下ろす。リントガルトは、それを覗き込みながら感心するようにつぶやいた。
「で、侵入者はどうしたの?」
「当初アスヴィーネは侵入者の数は五名と申しておりましたが、わたくしたちが確認したところ、発見できた遺体は三名分しかありませんでした。二名は逃げ去ったと思われます」
 小柄な魔女グーニルトが答えた。
「そっか、二人は殺し損ねたんだ……ま、別にかまわないけど」
「それで、いかがなさいますか。このアスヴィーネについては?」
 トゥスネルダが訊ねた。
「死んでないんなら、また働いてもらうよ。そうだ、妹を連れてきてやりなよ。介抱させてあげればいいんじゃない?」
「かしこまりました」
 すぐにキューネスヴィトが、アスヴィーネの妹であるエルラを連れてくる。エルラは床に横たえられた姉の姿を見ると、愕然として声を上げた。
「お姉ちゃん!」
「心配ないよ。まだ生きてる。よかったね」
 泣きながら姉の手を握るエルラの姿を、リントガルトは憫笑しながら眺めた。
「騎士が逃げ戻ったとなると、今度は大軍を率いて押し寄せてくると思われますが?」
 キューネスヴィトが訊ねた。
「いいんじゃない、それで。元々、あいつらをおびき寄せるために始めたことだからね」
「いよいよ、ルームの奴らとの決戦ですね」
 小柄な魔女グーニルトがいった。
「その際は、わたしたちを先鋒にお命じください。わたしたちなら一人も逃がすことなく、ルームの騎士を皆殺しにしてやります!」
 大柄な魔女トゥスネルダがいった。
「フフ、頼もしいね。二人とも期待してるよ」
 リントガルトは楽しそうにつぶやくと、エルラに向かっていった。
「ごらん、お前のお姉ちゃんを。これがルーム帝国のやりかたさ。ボクたちはただ、この場所に魔女が幸せに暮らせる国を創りたいだけなのに、ルームの奴らと来たらそんなことも許さず、自分たちのほうから押しかけてボクらを殺そうとするんだ。お前のお姉ちゃんも今回は無事だったけど、つぎ戦ったらどうなるか分からないよ。だから、今度はお前がお姉ちゃんを守ってあげるんだね。傷が治るまで、そばに居ていいからさ」
 まるでエルラの心に呪いを植え付けるかのように、リントガルトは冷たい眼差しを姉妹へ向けた。
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