第21話 大山鳴動して Ⅲ

文字数 2,146文字

 シェーニンガー宮殿をかき乱した深夜の皇女誘拐事件は未遂に終った。
 犯行にかかわった二人は捕らえられ、厳しい尋問を受けることになる。
 なぜ彼らがレギスヴィンダを狙い、帝室に連なる者にしか伝えられていない地下の抜け道の存在を知り得たのか、その謎については取り調べで明らかにされるであろう。
 レギスヴィンダのベッドに寝ていたために間違ってさらわれかけたゴードレーヴァには怪我もなく、一夜明ければケロッとした様子で、その日に予定されていた公務を精力的にこなした。
 まずはドライハウプト僧院教会へ向かい、皇帝皇后の石棺(サルコファガス)に花を手向ける。
 二人はゴードレーヴァにとっては伯父伯母にあたる。魔女への理解を示す少女であっても、近親者を殺された痛みは小さくなかった。
 ゴードレーヴァは、人であっても魔女であっても罪を犯した者は等しく裁かれなければならないと語り、特に魔女へ強い関心を持つ自分だからこそ、その義務と責任を誠実に果たさなければならないと誓った。
 その後はアウフデアハイデ城へ移動し、ライヒェンバッハ家の兵士を慰問する。
 武力を用いて魔女と対峙するか、あるいは話し合いで解決を目指すかは、意見の分かれるところであるが、命がけで戦う彼らを称えないわけにはいかない。
 息子の活躍に満足した父から預かってきた一時金を支給すると、兵士たちは大いに励まされ、士気を高めた。
 帝都に滞在している間、ゴードレーヴァの下にはライヒェンバッハ家に取り入ろうと様々な客が訊ねてきた。
 フロドアルトなら門前払いにしたであろう者とさえ、ゴードレーヴァは時間の都合さえ合えば、積極的に会って話を聞くようにした。
 父親の名代として、皆が自分を大人扱いしてくれるのが嬉しかったのもあるが、いずれ兄がレギスヴィンダと成婚して帝国の共同統治者となれば、自分がライヒェンバッハ家を継ぐことになる。その自覚が芽生え始めていた。
 ゴードレーヴァは魔女だけでなく、すべての人間に対して平等であろうと心がけた。


 帝都での滞在期間が終わる。
 ゴードレーヴァにとっては短くもあり、様々なことを経験した濃密な時間にも感じられた。
 エスペンラウプへ帰る日の朝、シェーニンガー宮殿には見送りのため多くの者が集まっていた。
「先日のようなこともある。帰国のおり、くれぐれも注意を怠らぬようにせよ」
 フロドアルトは護衛に、再び妹の身に危機が訪れぬようにと釘を刺す。
「ゴードレーヴァよ、父上にはお身体を大切にされ、フロドアルトが感謝していたと伝えてくれ」
「はい、お兄様」
 本人に対しては、兄妹の会話とは思えないほど短く端的な言葉だけで挨拶を終える。
「ゴードレーヴァ、御苦労さまでした。ライヒェンバッハ公にはわたくしからも温かな思いやりと、変わりない帝室への忠誠心を示して頂き、大変勇気づけられたと伝えて下さい」
「はい、お従姉さま」
「残念ね、もう帰っちゃうなんて。せっかく仲良くなれたのに……」
「フリッツィも元気でね。いろんな話を聞かせてくれて楽しかったわ。今度はゲーパも一緒に、エスペンラウプへいらっしゃい。またみんなで、おしゃべりしながら夜更かししましょう」
「必ず、そうさせていただきます」
 微笑んでゲーパが答えた。
 すっかり打ち解けた女たちが、別れを惜しむ。ただ一人、その輪の中へ入ってくのを躊躇うように、離れた位置から見守る者がいた。ゴードレーヴァは、その存在を無視しなかった。
 ヴァルトハイデに歩み寄り、ぎこちなさの残る言葉遣いで話しかけた。
「……一応、お礼をいっとくわ。ありがとう。でも、あたしは魔女と戦うことを認めたわけじゃないから。あなただったらお従姉さまの護衛ぐらいは務まると思うわ。せいぜい頑張りなさい!」
 公女なりの感謝と励ましだった。
「それじゃあ、お従姉さまお元気で!」
「ゴードレーヴァもね。いつか人と魔女が分かり合える日が来ることを、わたくしも信じています。その時はまた、みなで会いましょう」
「はい、お従姉さま!」
 ゴードレーヴァを乗せた馬車が走り出す。ゲーパやフリッツィは見えなくなるまで手を振り続けた。交わした約束が果たされることを願いながら。


 明るく、自由で、人騒がせな風が帝都を吹き去った後、レギスヴィンダは残された疑問を宮廷騎士団のガイヒに質した。
「それで、彼らはどうやって地下の抜け道のことを知ったのですか?」
「何者かに殿下を誘拐するようにと依頼されたとのことです。その者については八方手を尽くして調べておりますが、正体は掴めておりません。抜け道についても、その者から教えられたと」
 拷問や薬などを用いるまでもなく、男たちは取り調べに素直に応じた。
 自分たちは金をもらって依頼されただけで、帝室やレギスヴィンダに個人的な恨みがあったわけでもないと話した。
 魔女との係わりも疑われたが、二人に術が掛けられていた形跡はなく、供述は信用できるものだった。
 とはいえ、この時期に起こった出来事が、一切魔女とかかわりがないとも断言できない。フレルクとの関係も疑われたため、小柄な白髪の老人に心当たりはないかと訊ねたが、二人はそれも知らないと答えた。
「では、いったい誰が、何の目的のために……」
 レギスヴィンダの疑問は深まるばかりだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み