第34話 敢えてその名を Ⅲ

文字数 2,361文字

 帝国各地で狼煙は上がった。魔女は一方的に排除されることを拒み、実力をもって自らの身を守ることを選んだ。しかし、すべての魔女が戦いに長けていたわけでも、連帯して勝利を掴みとれたわけでもない。
 多くの魔女と、その嫌疑をかけられた者たちが帝国に反旗を翻しては返り討ちにされた。それでも戦うたびに力をつけ、自信を深めていく女たちもいた。
 当初はちっぽけな集団でしかなかったリカルダたちは、いつしか多くの仲間を従え、帝国兵から恐れられる存在となっていた。


 夜の森で魔女が宴を開く。
「まずは、わたしたちの勝利に乾杯だ!」
 焚火を囲んだ魔女の一人が、杯を掲げて音頭を取る。
 女たちの顔には、強大な敵と戦うことへのプレッシャーや、自分たちの置かれた立場への悲壮感はない。あるのは刹那的な勝利と、破滅的な運命だけである。それでも、この一時を仲間と分かち合うように誰もが夜を楽しみ、一体感に酔いしれていた。
「知っているか、リカルダ? 帝国兵はわたしたちのことを“風来の魔女集団”と呼んでるそうだ」
「ほう、それは良い呼び名だな」
 一人の魔女が言うと、リカルダはまんざらでもない表情をする。
 これは彼女たちが飄然と現れては姿をくらますことと、帝国兵を襲撃するときに、決まってリカルダが得意とする風の術を使用することに由来していた。
「ありがとう、リカルダ。わたしたちの仲間に加わってくれて」
 魔女たちが礼をいう。帝国への決起を思い立ったのは風来の魔女ではない。
 当初リカルダは、仲間がひどい目にあっていることは知っていたが、反抗に加わるのを躊躇っていた。そんなことをすれば、自分を匿ってくれた人間に迷惑がかかるからだった。
 それでも再三にわたる要請に負け、魔女として運命を共にすることを決意した。
「今さら何をいう。むしろ感謝しなければいけないのは、わたしのほうだ。みんながいてくれるから、こうして戦っていられる」
「違うよ、リカルダの作戦だから、みんな安心して命をかけられるんだよ!」
 集団の中で最年少のエメリーネがいった。他の者たちも同じ思いである。
「このままリカルダがリーダーでいてくれたら、帝国になんか負けやしないよ。もう一度、魔女の国を創ることだってできるはずさ!」
「魔女の国……」
「エメリーネのいう通りだ。リカルダなら、リントガルト様の意志を継ぐことだってできる。今度こそ、わたしたちが怯えて生きることのない理想の国を目指そうじゃないか!」
「そうだ、それがいい!」
「やろう、リカルダと一緒に!」
「わたしたちが魔女の国を復活させることを、リントガルト様も願ってるはずだ!」
 仲間たちが気勢を上げる。連夜の勝利の美酒に気を大きくするのは仕方のないことだったが、リカルダには割り切れない感情があった。
 リントガルトが黒き森の魔女集団を組織したときにも、リカルダに参戦を求める声はあった。しかし、風来の魔女はことごとくそれを断った。
 帝国を打倒して魔女の国を創造するなど、可能なはずがないと考えた。何よりも、人と魔女が争うことに彼女は心を痛めた。
「皇帝は卑怯だ! 人と魔女が一緒に暮らせる世の中にするなんていっておいて、あたしたちを騙したんだ! もう二度と、帝国の口車なんかに乗るもんか!」
 エメリーネが大きな声で皇帝を非難する。仲間も追従して罵詈讒謗を浴びせる。
 その気持ちは理解できた。リカルダも一度はレギスヴィンダの唱える理想社会に共鳴し、夢を見た。しかし、裏切られた。それはレギスヴィンダの意図したことでなかったが、魔女の多くが皇帝に騙されたと思うようになっていた。
 いつしか、リカルダも自分たちを騙した帝国よりも、魔女の国を創ろうとしたリントガルトの方が正しかったのではないかと考えるようになった。ただ、自分を救ってくれた人間たちのことを思うと、人と魔女がともに暮らせる社会の実現も諦めきれなかった。
「わたしも皇帝を許すことはできない。しかし、ルーム帝国は強大だ。このまま戦い続けても、命を落とすことになるだけかもしれないぞ?」
「そんなことないよ。リカルダが負けるもんか!」
「そうだ。それに仲間たちと一緒なら、いつ死んでも悔いはない!」
 魔女たちの意志は固かった。
「……仕方のない奴らだ。いいだろう。一つだけ、帝国を倒す方法がある。それは皇帝を殺すことだ。皇帝が死ねば、帝国は跡目を争って内紛を始める。その時にこそ、わたしたちの国を創るチャンスが生まれる。それまで、わたしについてこられるか?」
「もちろんだよ、リカルダ!」
「どこへでもついて行く。たとえ地獄の底へでも!」
 仲間の声がリカルダには頼もしくも、切なく聞こえた。
 彼女たちは本気で帝国を打倒できると思っているのだろうか。皇帝の傍には、リントガルトでさえ敵わなかったハルツの魔女がいるというのに。
 リカルダには、すべてを理解したうえで、仲間たちが破滅的に今を楽しんでいるだけのように見えた。だが、それもよかろうと感じた。
 ただ、気がかりなこともあった。集団の中には魔女だけでなく、故郷を追われて帰る場所を失くした人間も身を寄せている。こんな戦いを続けていても人と魔女の溝が深まるばかりで、自分が望んだ世界が遠退いていくだけのように思えた。
「魔女の運命は、滅びの道を避けることができないのかもしれないな……」
 リカルダが呟いた。
「なに?」
「……何でもない。仲間は多い方がいい。次はもっと大きな収容所を狙う。みんな、わたしについてこい!」
「おお!!」
「オーディルベルタ、景気づけに何か一曲吹いてくれ」
 横笛を持った魔女にリクエストする。
 甘く切ないメロディーに、魔女たちが心を寄せる。
 リカルダは、みながそれを望んでいるなら、敢えてリントガルトの後継者となろうと自分自身に決意した。
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