第23話 それぞれの決断 Ⅱ

文字数 2,119文字

 リントガルトとの最終決戦を決意したレギスヴィンダは、ヴァルトハイデやグローテゲルト伯爵夫人らとともに、敵の情報を集めながら戦いの準備を進めていた。
「ファストラーデの話によれば、黒き森に集まったはぐれ魔女の数は千名にも達するとのことです。さらに時間が経てば、その数は増えるだろうともいっておりました」
 グローテゲルト伯爵夫人が説明する。レギスヴィンダは難しい顔で聞いていた。
「……そんな数のはぐれ魔女が帝国に敵意を抱きながら、人知れず暮らしていたのですね。愚かにも、わたくしは何も知りませんでした。この身が、どれだけの悪意や憎しみを集めていたのかも……逆にいえば、それだけの魔女を不幸にしなければ、帝国は繁栄しえなかったということでしょうか……?」
「殿下、それは違います。わたしはハルツに救ってもらい、幸せで満ち足りたときを過ごすことができました。ゲーパやフリッツィにしても自分を不幸だと呪い、帝国を憎んだことなどありません。もちろん、リントガルトの下に集まった魔女が、すべてわたしと同じ考えを持っているかといえばそうではありません。事実、はぐれ魔女の多くは人間に絶望し、ルーム帝国を自分たちの存在を脅かす共通の敵であると認識しています。ですが、黒き森に集められた魔女の中には、自分の意に反して服従させられている者もいるはずです。どうか、すべての魔女が殿下を憎み、ルーム帝国に恨みを抱いているとは考えないでください」
「ヴァルトハイデは優しいですね。その言葉だけで、わたくしは救われます。ですが、一度戦端を開けば多くの魔女を敵にしなければいけません。こんなことをいえば、またフロドアルト公子に甘いといわれるでしょうが、わたくしは罪なき魔女とは戦いたくありません」
「そのためには、リントガルトを殺すしかありません。それでしか、はぐれ魔女はもちろん、リントガルトを救うことはできないのですから」
 レギスヴィンダは「ヴァルトハイデは強いですね」といおうとしたが、言葉を呑み込んだ。強いはずがなかった。その手で妹を殺さなければならない者が、何も感じないでいられるはずがない。強いのではなく、強くあろうとしているのだ。
「今次決戦は、ルーム帝国の存亡をかけてのものではありません。人と魔女の和解、そのためのものでなくてはならないとわたくしは考えています」
 レギスヴィンダは、自分の言葉が理想論にすぎないことを自覚していた。それでも理想なきところに希望は生まれないと信じた。そして、理想を現実に変えるためには、自分自身も強くあらねばならないと決心を深めた。


 シェーニンガー宮殿でレギスヴィンダが戦いの意味と目的に心を砕いているころ、アウフデアハイデ城でもフロドアルトが戦いに備えての状況把握に腐心していた。
令旨(りょうじ)を受け取った諸侯からは、続々と兵をあげて参戦を希望するとの返事が集まっています。その数は十万を超え、帝国史においても前例のないものになるでしょう」
 腹心のヴィッテキントが説明する。
 国家の危機に直面し、ようやく諸侯は自己の利益のみを追求することの愚を悟り、利害を超えて結束しようとしていた。それらの勇ましくも心強い返事にフロドアルトは感銘するも、ただ数を集めれば勝てるだろうという楽観的な憶測はなかった。
「いかに我らが兵馬を連ね、呪いの魔女が立てこもるミッターゴルディング城へ迫ろうとも地の利は奴らにある。黒き森には道もなく、自然の要害として近づく者を阻むだろう。七十年前にもレムベルト皇太子はこの森に手を焼き、討伐軍に加わった多くの将兵を失った。恐らくは今も魔女どもは森のあちこちに罠を潜ませ、我らが来るのを待ち構えているはずだ」
「ごもっともです。せめて七十年前にレムベルト皇太子が歩まれた征途を発見できれば状況も変わるのでしょうが……」
「そこでだ、ヴィッテキントよ。わたしは少しでも森の内部を探るため、斥候隊を送り込もうと考えている」
「斥候隊をですか……!? 確かに敵情を知れば、こちらにとってより有利な戦略を立てることも可能でしょう。ですが森へ踏み込んだが最後、生きて帰ってこられる保証はありません。あまりにも危険です!」
「そんなことは分かっている。だから、あえて命令はせぬ。兵の中から志願者をつのり、最も適任だと思われるものを選んで任務につけるつもりだ」
 ヴィッテキントにいわれずとも、フロドアルトにとってもこれは苦渋の選択だった。それでも、国家のためには致し方のない手段だと自分に言い聞かせた。
「……分かりました。では、すぐにその旨を各所へ伝え、人選に取り掛かります」
「頼んだぞ、ヴィッテキント。この戦いにはルーム帝国の存亡がかかっている。万が一にも負けるわけにはいかないのだ」
「はっ、お任せ下さい!」
 本来ならばレギスヴィンダの指示によって行われるべきなのだろうが、優しい皇女に非情な命令を下すことができるはずもなく、また失敗した時に負う批判や責任の大きさを考えれば、あえて自分が矢面に立って汚れ役を買って出ようというフロドアルトの意思の表れでもあった。
 忠実な腹心は主の胸の内を思いやると、それ以上反対することなく命令を宜った。
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