第4章  1963年 - すべての始まり 〜 3 長身の男(2) 

文字数 966文字

                3 長身の男(2)


 きっと黙って立っていれば、弁護士やエリート証券マンくらいにきっと見える。
 そんな男がどうして、危険を冒してまで剛志を助けてくれたのか?
 その辺の問いには一切答えず、男はしばらく黙ったまま剛志の前を歩き続けた。一方剛志もこの段階で、男について行く以外に選ぶべき道はない。そうして五分くらいが経った頃、男が唐突に立ち止まる。それからゆっくり振り返り、不機嫌そうに声にした。
「まずはこれに乗ってくれ。くわしい話は、それからだ……」
 そこは住宅街の一角で、そう言う男のすぐ横には、この時代には珍しい高級外車が停まっていた。元の時代のものより大きく見えて、これこそ外車だっていう重厚感が感じられる。
剛志が助手席に腰掛けるなり、男は膝の上目がけて茶封筒を放ってよこした。そこから中身を取り出すと、男は打って変わって静かな口調で話し出した。
「それが、あんたの新しい戸籍謄本だ。もちろんそいつは生きちゃいない。ただ、その死に方がちょいと問題でね。そいつの地元には近づかないってのは当たり前だが、派手なことにも、あまり首を突っ込まない方がいいだろうな。この名井ってのに、息子を殺されちまった野郎が、憎っくきその名前を忘れるはずがないからね。まあこんなのは何十年も前のことだから、静かに暮らしている分には問題ないと、思うけどな……」
 広島のヤクザ抗争が関東に飛び火。その煽りを食らって殺されたのが、関東で急成長を遂げていた新興組織、荒井組組長の一人息子だったらしい。
「ちょうどけっこうな台風が関東を直撃してな、広島から派遣されたそいつは、その日、多摩川をずいぶんと流されたって話だ。まあ結局、どこからも死体はあがらなかったらしいから、この際、名井って奴になりきって生きてやれば、死んじまったそいつだって、きっと少しは喜ぶんじゃないかね……?」
「ちょっと待ってくれ……そんな人の戸籍が、どうしてここにあるんだ?」
「どうして? その辺はさ、あんたが知ったからって意味はないだろう? どっちにしろ今のあんたは、その戸籍が必要に決まってるんだから。なあ、そうだろ?」
 そこで剛志は我慢できずに、
「知ってるのか? 知っていて、あんたはこんなことを?」
 ずっと頭にあった言葉をここぞとばかりに口にしてしまった。
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