第3章  1983年 – 始まりから20年後……4 十六歳の少女(3)

文字数 1,413文字

               4 十六歳の少女(3)


それから藤本早苗に礼を言い、剛志は見違えた智子と一緒に店を出た。辺りはずいぶん暗くなっていて、彼は時刻を知ろうと腕時計のライトを点ける。
すると偶然見ていたのだろう、智子がいきなり大声をあげ、
「え! それって、夜になると明かりが点くんですか?」
 驚いて立ち止まった剛志の横で、目を丸くして腕時計を覗き込んできた。そこで智子の顔の前まで持っていき、すでに消えてしまった照明を再び点灯させてみる。
「ほら、ここを押すとね、時計の中のライトが点くんだ。これ、ぜんぜん最新式じゃないんだけど、いろんな機能が付いててね、けっこう便利な腕時計なんだよ」
 八年前、国内大手から発売された世界初のストップウォッチ付きデジタル時計。西暦からカレンダーまで確認でき、発売当時としてはかなり画期的なものだった。
 そんなデジタル時計のライトが点いて、暗い夜道にくっきり時刻が浮かび上がった。
「暗い中でも、しっかり時間がわかるんですね……。へえ、針じゃなくて、数字がそのまま出るんだ、すごい……」
 デジタル表示であることはもちろん、それ以上に、塗料によって針がぼんやり光るくらいしか知らない彼女は、その明るさにもかなりびっくりしたようだった。
「これって、日付も曜日もわかるんですね。すごいなあ……」
 こんな智子の食い付きに、剛志はどんどん嬉しくなった。
「ちょっと、してみるかい?」
 そう言いながら、さっさと時計を外して智子の手首に持っていく。
「やっぱり緩いね、でもまあ、抜けちゃうほどではないからさ、もし良かったら、未来訪問記念にあなたにあげるよ。ちょうど僕もそろそろ、アナログ式の時計に戻ろうかなって思い始めていたからさ……」
「え、こんな高そうなもの頂けません。このお洋服だって、ものすごく高いんですよ」
「大丈夫、大丈夫……あなたのいた時代とは、お金の価値が違ってるんだ。だからきっと、あなたが考えているほど、この時計だって高いもんじゃないんだよ」
 そう返したものの、五万円以上する国産時計は今だってそこそこお高い方だ。
 それでもそんな剛志の言葉に、智子も少しだけホッとしたのか、
「じゃ、ここにいる間だけ、お借りしてていいですか?」
 この時代で初めて嬉しそうに笑って、
「あとで、使い方を教えてください」なんてことまで言ってきた。
 もともと、智子は物怖じしない性格だ。そしてブティックあたりから、少しは信用してもいいか、くらいに思い始めているのだろう。ずっと居座っていたぎこちなさが、ここにきてかなり薄れてきたようだ。
 そしてコンビニに着いた智子は、何よりも店内の明るさにびっくりするのだ。
 剛志に続いて店内に入り、いかにも眩しいんだという顔をする。それでもそんなのにもすぐ慣れて、智子はまさに十六歳らしいハシャギようを見せた。
 普通なら、昭和三十八年に存在したかなんて、ちょっと考えたくらいじゃわからない。ところが智子はひと目見て、それが未知のものだとすぐわかるのだ。これは何? あれは何に使うのかと、次から次へと剛志に質問を浴びせかけた。特に、お菓子の棚には驚いたようで、
「これって、ぜんぶ日本のお菓子なんですよね……種類もいっぱいで、なんだか、アメリカのお菓子とかみたい……」
 そう言ってから、剛志も知らないチョコレート菓子を手に取った。
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