第5章 1973年 プラス10 - 始まりから10年後 〜 2 岩倉節子
文字数 976文字
2 岩倉節子
伊藤を殺した犯人は、元の時代と一緒でやはり捕まっていなかった。
これからさらに十年過ぎても、智子は行方不明のままだろう。
――だからこそ、再びやって来るあの日のために、やれることをすべて準備するんだ。
このまま黙っていても、昭和五十八年のあの日は確実にやって来る。そこで行動を起こさない限り、また同じ出来事が繰り返されてしまうのだ。
もちろん何より、智子を戻してやるのが一番だ。
しかしそもそも剛志の方も、好きでこの時代に現れたわけじゃない。だからこそ三十六歳の彼をこの時代に残し、その上で智子を元の時代に戻したかった。
ところがだ。そんなことをしてしまえば、
――過去に行ってしまう俺がいないんだから、今この時代にいる俺は……その瞬間に、この世から消え去ってしまうのか……?
そうなってしまう恐れは、十二分にあるのだろうと思う。
だから伊藤博志とそっくりな男も、この世界から忽然と消え去ってしまった。
もちろんその逆だってあるだろうから、そんな場合、未来の自分を殺した過去の方は、きっと今頃本来の時代に戻っているのだろう。
ただとにかく、剛志が消え去ってしまうことになろうとも、三十六歳の方は本来の時代で生き続ける。それだって正真正銘自分のためだし、だからこそ一刻も早く、自由に動けるようになりたかった。
幸い株の方はぜんぶ売れて、それだけで当分何もしないで――大概の贅沢をしたところで、十年二十年は存分に――生きていける。さらに剛志名義の土地を売り払えば、残りの人生ずっとだって遊んで暮らせるのかもしれなかった。
あの日病室で、株券を目にした時だった。彼は一瞬にしてある出来事を思い出した。
そのことのおかげで、勤めていた会社の業績も一気に落ち込んだのだ。比較的、大らかだった社風がギスギスし始めたのも、剛志が目覚めたこの1973年だ。
第一次オイルショック。秋には日本を襲うこの石油危機は、その後の株価にも多大な影響を与えていた。だからすぐに売り払うと決める。そして下がるところまで下がったら、また買い戻そうと考えた。
結果、そんな思いつきは大成功。その後も彼は記憶を頼りに、降って湧いた資産について次々に手を打っていく。しかし変わらずに働いてくれる頭と違って、身体の方はなかなかそうはいかなかった。
伊藤を殺した犯人は、元の時代と一緒でやはり捕まっていなかった。
これからさらに十年過ぎても、智子は行方不明のままだろう。
――だからこそ、再びやって来るあの日のために、やれることをすべて準備するんだ。
このまま黙っていても、昭和五十八年のあの日は確実にやって来る。そこで行動を起こさない限り、また同じ出来事が繰り返されてしまうのだ。
もちろん何より、智子を戻してやるのが一番だ。
しかしそもそも剛志の方も、好きでこの時代に現れたわけじゃない。だからこそ三十六歳の彼をこの時代に残し、その上で智子を元の時代に戻したかった。
ところがだ。そんなことをしてしまえば、
――過去に行ってしまう俺がいないんだから、今この時代にいる俺は……その瞬間に、この世から消え去ってしまうのか……?
そうなってしまう恐れは、十二分にあるのだろうと思う。
だから伊藤博志とそっくりな男も、この世界から忽然と消え去ってしまった。
もちろんその逆だってあるだろうから、そんな場合、未来の自分を殺した過去の方は、きっと今頃本来の時代に戻っているのだろう。
ただとにかく、剛志が消え去ってしまうことになろうとも、三十六歳の方は本来の時代で生き続ける。それだって正真正銘自分のためだし、だからこそ一刻も早く、自由に動けるようになりたかった。
幸い株の方はぜんぶ売れて、それだけで当分何もしないで――大概の贅沢をしたところで、十年二十年は存分に――生きていける。さらに剛志名義の土地を売り払えば、残りの人生ずっとだって遊んで暮らせるのかもしれなかった。
あの日病室で、株券を目にした時だった。彼は一瞬にしてある出来事を思い出した。
そのことのおかげで、勤めていた会社の業績も一気に落ち込んだのだ。比較的、大らかだった社風がギスギスし始めたのも、剛志が目覚めたこの1973年だ。
第一次オイルショック。秋には日本を襲うこの石油危機は、その後の株価にも多大な影響を与えていた。だからすぐに売り払うと決める。そして下がるところまで下がったら、また買い戻そうと考えた。
結果、そんな思いつきは大成功。その後も彼は記憶を頼りに、降って湧いた資産について次々に手を打っていく。しかし変わらずに働いてくれる頭と違って、身体の方はなかなかそうはいかなかった。