第6章 1983年 – 始まりから20年後 〜 4 平成三年 智子の行方(10)

文字数 710文字

             4 平成三年 智子の行方(10)


「そうですか、三月十日……だったんですね。そりゃあ、なんとも……」
 そう言ってから、彼がポツリポツリと話し始めた史実を、剛志だって知らなかったわけじゃない。歴史の授業で習っていたし、ものすごい大惨事だったことも知っている。
 たった一日で十万人以上の一般市民が焼き殺され、百万人が一晩にして住む家々を失った。そんな東京大空襲こそが、昭和二十年、三月十日未明の出来事だったらしいのだ。
 もしかすると、そんな最低最悪という日に、智子は自ら飛び込んでしまった。そうして本来あるべき未来を知ることもなく、犬死に同然の死に方をする。
だとしても、どうしてもわからないことが一つだけあった。
 ――あのマシンを、いったいどこに送ったんだ?
 もしもそのままにしていれば、いずれ誰かが見つけて大騒ぎになっているはずだ。
 ――もしかしたら、あの長身の男の仕業か……?
 伊藤を刺し殺した未来人は生きていて、実はマシンを回収したのか?
 であればあれは、二度と剛志の前には現れないだろう。
ただ、それならそれでよかったし、いざこれから現れたとしても、彼には戻る時代などありはしない。
 ――もうずっと、このままでいい……。
 時の流れのまま歳を重ねて、いつしか節子に看取られながら死んで行く。
剛志は改めてそんな未来を思い描いて、今後は智子やマシンのことを考えないようにしようと心に思う。
 そうして月日は五年、十年と平穏無事に過ぎていった。
ところが十年が過ぎた頃から、思い描いていた未来の姿が大きな変化を見せ始める。
日に日にマシンの記憶が影を落とし、いつしかその存在が大きな位置をしめるようになった。
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