第8章 1945年 - 始まりの18年前 〜 5 浅川隆文(2)
文字数 1,180文字
5 浅川隆文(2)
ところがやんわりとだろうが断られ、相当ショックだったに違いない。
だから智子はさらに言った。ちゃんと子供を引き取ることができて、その頃になっても同じ思いでいてくれたなら、もう一度プロポーズしてほしい。そう告げて、智子は浅川の前で深々頭を下げたのだ。
そうしてやっと浅川の顔から硬さが取れて、ほんの少しだけ笑顔が覗いた。
だから話題を変えようと、智子は少し慌てて聞いたのだった。
「そう言えば、今日は日曜日だからわかるけど、明日からってことは、会社はお休みしてご実家にいくの?」
正確には知らないが、福井までなら十時間やそこらはかかるだろう。となれば日帰りはまず無理だし、そんなことがほんの少しだけ気になった。
そしてそんな言葉に、ここひと月休んでいなかったから……と彼は言い、
「だから四日ほど休暇を取ったんだ。それに僕らの商売は土日とか関係ないし、みんなが交代交代で休むことになってるから……」
そこで一旦言葉を止めて、浅川はフーッと大きく息を吐いた。
それから智子の方へ少し顔を突き出し、
「実は明日、お袋が還暦の誕生日でね、ここのところずっと帰っていなかったから、智子を連れて帰って、実家のやつらを驚かそうと思ってたんだが、ね……」
あ~あ、残念! と、大きく口をはっきり開けて、彼は声に出さずにそう言った。
すると一気に目を見開いて、
「え、そうなの? わたしもあした……」
そこまで答えて、智子は突然口ごもるのだ。わたしもあした誕生日なの……スッと出かかった。そんな言葉に、続いて浮かんできたのが思いも寄らない昔の記憶。
――わたしが一歳になった日に、大きな地震で何千人もの人が死んだ。
そんな話を、誕生日のたびに耳にしていたように思うのだ。
昭和二十二年、六月二十八日。
これが記憶にある誕生日で、その翌年の同じ日に、きっと大地震は福井で起きた。
「ねえ、浅川さんのご実家って、福井県だって言ってたわよね……それって、まさか大和百貨店のそば、じゃないでしょ?」
「そばってことはないけど、同じ福井市だからね、大和のある一丁目なんて、自転車でちょっと走れば着いちゃう距離だよ。でもさ、え? どうして、大和デパートなんて知ってるの? もしかして、福井に親戚でもいる?」
彼のこんな返答に、一瞬、智子の目の前は真っ暗になった。
確か、歴史の教科書にも載っていた。そんなページにあった白黒写真が今でもしっかり思い出せる。崩れ落ちそうな百貨店が写っていて、何万という人が焼け死んだり怪我したりした。
もし、智子の記憶が嘘っぱちなら、大和百貨店だってデタラメのはずだ。なのに浅川はその百貨店を知っていて、となれば大地震だってきっと起きる。
「ダメ! ぜったいダメ!」
思わず智子は立ち上がり、周りが驚くくらいの大声を出した。
「明日は福井に行かないで!」
ところがやんわりとだろうが断られ、相当ショックだったに違いない。
だから智子はさらに言った。ちゃんと子供を引き取ることができて、その頃になっても同じ思いでいてくれたなら、もう一度プロポーズしてほしい。そう告げて、智子は浅川の前で深々頭を下げたのだ。
そうしてやっと浅川の顔から硬さが取れて、ほんの少しだけ笑顔が覗いた。
だから話題を変えようと、智子は少し慌てて聞いたのだった。
「そう言えば、今日は日曜日だからわかるけど、明日からってことは、会社はお休みしてご実家にいくの?」
正確には知らないが、福井までなら十時間やそこらはかかるだろう。となれば日帰りはまず無理だし、そんなことがほんの少しだけ気になった。
そしてそんな言葉に、ここひと月休んでいなかったから……と彼は言い、
「だから四日ほど休暇を取ったんだ。それに僕らの商売は土日とか関係ないし、みんなが交代交代で休むことになってるから……」
そこで一旦言葉を止めて、浅川はフーッと大きく息を吐いた。
それから智子の方へ少し顔を突き出し、
「実は明日、お袋が還暦の誕生日でね、ここのところずっと帰っていなかったから、智子を連れて帰って、実家のやつらを驚かそうと思ってたんだが、ね……」
あ~あ、残念! と、大きく口をはっきり開けて、彼は声に出さずにそう言った。
すると一気に目を見開いて、
「え、そうなの? わたしもあした……」
そこまで答えて、智子は突然口ごもるのだ。わたしもあした誕生日なの……スッと出かかった。そんな言葉に、続いて浮かんできたのが思いも寄らない昔の記憶。
――わたしが一歳になった日に、大きな地震で何千人もの人が死んだ。
そんな話を、誕生日のたびに耳にしていたように思うのだ。
昭和二十二年、六月二十八日。
これが記憶にある誕生日で、その翌年の同じ日に、きっと大地震は福井で起きた。
「ねえ、浅川さんのご実家って、福井県だって言ってたわよね……それって、まさか大和百貨店のそば、じゃないでしょ?」
「そばってことはないけど、同じ福井市だからね、大和のある一丁目なんて、自転車でちょっと走れば着いちゃう距離だよ。でもさ、え? どうして、大和デパートなんて知ってるの? もしかして、福井に親戚でもいる?」
彼のこんな返答に、一瞬、智子の目の前は真っ暗になった。
確か、歴史の教科書にも載っていた。そんなページにあった白黒写真が今でもしっかり思い出せる。崩れ落ちそうな百貨店が写っていて、何万という人が焼け死んだり怪我したりした。
もし、智子の記憶が嘘っぱちなら、大和百貨店だってデタラメのはずだ。なのに浅川はその百貨店を知っていて、となれば大地震だってきっと起きる。
「ダメ! ぜったいダメ!」
思わず智子は立ち上がり、周りが驚くくらいの大声を出した。
「明日は福井に行かないで!」