第8章 1945年 - 始まりの18年前 〜 3 岩倉友一(3)

文字数 1,318文字

                3 岩倉友一(3)


「だって考えてみてごらん。例えば警察ね。確かに日本人は派遣されていたよ、でも、そんなのはみんな上層部になんだ。実際に、あの国の人々と接し、酷い仕打ちをしていたのはね、あの国の、まさしく同じ民族なんだよ……」
 しかし戦争に負けてしまえば、すべてが闇に葬られる。
戦勝国のご都合次第で嘘だってなんだってまかり通って、白人の行なった悪事は否が応にも日本人のしたことだ。
「日本はこの戦争に負けるだろう。ただね、戦いには勝ったとも言えるんだ。近いうちにアジアの国々は、きっと独立して白人の支配から抜け出していくよ。これってすごいことだろ? なのに、日本が成し遂げたこの功績を、ほとんどの日本人が知らないままってことになる」
「どうして、どうしてあなたに、そんな先のことまでわかるの?」
「わかるのさ、僕にはね」
「まるで、見てきたみたいに言うのね」
「そう、見てきたのさ、だからこそ言えるんだ。これまでずっと、アジアの国々が、どれだけ白人たちに好き放題されてきたかを、そんなことを知っていれば、この二つの爆弾がなぜ、この日本にだけ落とされたのか、そんなのもあっという間にわかるはずだ……」
 まさしく単なる人体実験。彼らはずっとそうしてきたし、戦争という口実がなければなし得ない、最悪の所業なんだと訴えた。
 きっとこれから何十年も、とんでもない嘘八百がまかり通っていくだろう。マスコミどころか政治にまで大きな力が働いて、日本にとっては長くて苦しい時代が続く。
 ただそんなこんなもひっくるめて、日本人という民族が世界で光り輝くための、辛くて厳しい一歩がこの戦争だったと彼は言い、
「特に君よりちょっと下の世代は、これから何十年も続く大嘘を、不思議なくらい簡単に信じ切ってしまうんだ。もちろん、戦争なんてしないほうがいいに決まってる。だからって、日本がすべて悪いなんてのはおかし過ぎるでしょ。でもね、こんなのも永遠ってわけじゃない。まあ、かなり先にはなるけど、いずれ真実が知れ渡るようになっていくよ。だから君には、これからもずっと生き抜いて、俺の分までちゃんと、日本の未来を見届けてほしいんだ」
 さらにそう続け、終いには智子を優しく抱きしめた。
 それから智子の記憶通りに、日本は程なく終戦を迎える。
そんな新たな時代に突入した頃、実質的に二人は夫婦のようになっていた。
岩倉は週に二、三度フラッと出かけて、その都度けっこうな金を手にして智子のもとへ帰ってくる。いったい何して稼いでるのか? 何度も訊ねてみようと思うが、智子はずっと聞けないままだ。何しろ向こうが聞いてこない。実際聞かれて答えられることは少ないが、それでも普通だったら、生まれはどこだくらいは質問してくるだろう。
 なのに、ぜんぜん聞いてこないのは……、
 ――きっとあの人も、聞いてほしくないんだろうな……。
 そう感じて、本人が言ってこないことをあえて聞くのはやめようと決めた。
 何がどうあれ、二人で食べていければそれでいい。そんなふうに智子は考え、この時代で初めて、幸せと思える日々を過ごしていたのだ。
 ところがある日突然、岩倉が智子の前から消え失せる。
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