第6章  1983年 – 始まりから20年後 〜 3 革の袋(11)

文字数 1,365文字

                 3 革の袋(11)


「……、それで、その変な男たちってどうなった?」
「不法侵入って、わたしが大きい声出したらね、すぐに逃げてったわよ。ねえ、あなた本当に、あいつらのこと知らないの?」
「知らないよ。だってその頃にはさ、俺は地面に抱っこされてたんだろ?」
「それはね、まあ、そうなんだけど……」
 そう言いつつも、どうにも納得できないという顔をする。
「でもあの人たち、あそこで何してたんだろう? 離れの前に大きな岩があるでしょ? あの岩の周りに立って、ぼうっと何かを見ていたわ。そのあとすぐに電話があって、あなたがこの病院に担ぎ込まれたって言うでしょ。でもね、これも本当におかしいのよ。ここに着いてみたら、あなたがどこの誰だかって知らないの。だから、誰もうちに電話なんかしてないってわけよ……ホント、あの電話って、いったい誰からだったのかしら? あなたには、誰か思いつくような人っているの?」
 そんなことを聞かれてしまうが、電話の主にはさほど興味がないらしい。
節子はあっという間に話題を変えて、剛志が担ぎ込まれた時の様子を話し始めた。
 この時一瞬、女の子がいなかったかと言いかけるが、もしいたんなら節子が口にしないはずがない。マシンが消えて、あの三人が驚いている間に庭からさっさと逃げ出したのだ。だからきっと、剛志が送り返したマシンは、今も扉の閉まったまま岩の上にあるのだろう。
 あの時、いきなり昭和三十八年の林に戻った彼は、一か八かの決断をした。
 ――このままじゃ、智子はあっちに行きっぱなしになる!
 智子を思えばそうするしかなかったし、マシンが向こうにちゃんと着けば、きっと彼女もこの時代まで戻って来られる。そう信じてマシンを起動させ、剛志は表に飛び出したのだ。
 ところがマシンが戻った時には、智子は庭のどこにもいない。
幸い帰宅した節子も庭を眺める余裕などなく、大慌てで剛志の担ぎ込まれた病院までやって来た。
 あの時、剛志は自宅のすぐそばで、ひん曲がった自転車と並んで倒れていたらしい。
 そんなところを通りかかって、誰かが救急車を呼んでくれた。財布に入っていた身分証か何かで番号を知ったのか? とにかく家まで電話をかけて、この辺りで一番大きな救急病院の名前を節子に告げた。ところが病院に到着しても、剛志は目を覚まさない。
「身体の方は打撲程度なんだけど、また今度もね、頭をけっこう強く、打ったらしいの……」
 それでも今回は、節子が到着して十五分くらいで意識は戻った。
 ――それで、あんな変なシーンを、俺は見てたのか?
 実際は軽トラックと接触して気を失ったくせに、そのまま自宅に戻った気になっていた。
 であれば、あの四百万はどうなったのか? ショルダーバッグの所在を聞いても、現場には自転車以外、何も残されていなかったらしい。
 ――救急車を呼んでくれた誰かが、中身を知って持ち去ったのか?
 だから名前も名乗らず電話を切った。そう考えれば辻褄は合う。しかし、たとえあの金が戻ってきても、三十六歳の剛志はもうここにはいないのだ。
 すべては剛志の勘違いのせいだ。
それさえなければ、昨日の夕刻には五百万だって置いておけた。そうすればきっと、時の流れの何かが変わって、あの革袋だってちゃんと姿を見せたのかもしれない。
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