第4章  1963年 - すべての始まり 〜 5 常連客と「おかえり」(7)

文字数 712文字

             5 常連客と「おかえり」(7)



 実際昭和五十八年でも、まったく同じ紙幣が流通している。
そこから百万持ち込めば、この時代なら一千万ぐらいの価値になるだろう。だから未来から紙幣を持ち込んで、伊藤はこの時代で一攫千金を狙ったか?
 ――いや、違う。それならどうして、腹ペコの状態で智子の前に現れたんだ?
 それさえも演技だったか――などと、考えれば考えるだけ新たな疑念が浮かんでは消えた。
 ただとにかく、そんなわけで当分の生活費には不自由なかった。
 一年で四十八万なら、ざっくり八年間は何もしないで生きていける。
 ――でも……その後は、その次の八年間、俺はいったいどうすればいい?
 なんにしても、このままプラプラだけはしていられない。本当のところ考えたくはないが、長期戦に備えて住むところを探し、働き口の目安くらいは考えておきたかった。
 そしていざという時のために、革袋の金はできるだけ残しておこうと思うのだ。
 ――さっそく明日、児玉亭に行って、それとなく親父に聞いてみよう。
 新しい戸籍はあったが、できるだけ事をスムーズに進めたい。だから見ず知らずの不動産屋には頼まずに、まずは顔の広い正一に聞いてみようと素直に思った。
とにかくあの辺りから離れなければ、智子が戻った場合、その情報はすぐに伝わってくるだろう。そうなったら、何を差し置いてもあの林に駆けつける。そのためにも、できるだけ林に近いところにしたかった。それにしても……、
 ――今頃、あの時代でどうしてるんだ?
 岩倉邸に残った智子は、果たして無事でいるのだろうか? どう頑張ったって知り得ないそんなことを、剛志は旅館の一室で夜も更けるまで考え続けた。
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