第6章  1983年 – 始まりから20年後 〜 4 平成三年 智子の行方(3)

文字数 1,043文字

              4 平成三年 智子の行方(3)


「あっ」と思った時には後の祭りで、そこから全速力で長い廊下を走り抜けた。
 なんと、ソファーで寝ていた人物こそが、節子本人だったのだ。
 さっき一緒だった時の格好のまま、化粧も落とさずしっかり寝息を立てていた。
 ――なんなんだよ! 人騒がせなヤツだな!
 などと思いながら玄関を飛び出し、剛志は再び岩のところまで走って戻った。マシンの消え去った岩に腰を掛け、溢れ出ようとする涙を必死に堪える。
 きっとさっきの物音で、節子は目を覚ましたろう。となればそう経たないうちに彼女はここへもやって来る。そう思って堪えようとするが、どうにも涙が止まってくれない。
 そんな状態の彼に向け、やはり節子の声は容赦ない。すぐに剛志を呼ぶ声がして、座ったまま後ろを向くと、笑いながら歩いてくるのが遠くに見えた。
 剛志は慌てて立ち上がり、涙の跡を消し去ってから節子の方へ顔を向ける。そうして届いた彼女の声は、幸福の調べのように剛志の心に伝わり響いた。
「あなた、まだそんなところにいたの? わたしね、けっこう疲れちゃってたらしくて、ちょっとだけ座るつもりが、知らないうちにソファーで寝ちゃってたらしいのよ。それでねえ、もうすぐお昼なんだけど、あなた、何か食べたいものある? 退院祝いに、あなたの食べたいやつを頑張って作るわ」
 そう言って、彼女は満面の笑みを見せたのだった。
 結局、なんにも変わっていなかった。金なしで旅立った剛志だが、きっと必死に金を作り、同じ流れをなぞっていったに違いない。
 それでも依然わからないのは、智子がどこに向かったかだ。
 マシンがないということは、少なくともここからは旅立っている。どこに向かったかは未だ謎だが、ありそうなのは数字を反転し忘れたってことだろう。ならば過去へは行けなくなるし、数字をいじっていなければ、マシンはさらに二十年先へ向かってしまう。
 もし、本当にそうだったなら、あと十一年と少しだけ、ここで待っていればいい。
 その時剛志は七十六歳という高齢だ。それでも絶対次こそは、十六歳の智子を元の時代に返したい。そうすれば、少なくとも彼女の人生だけは、元通りということになる。
だからなんとしても、元気にその時を迎えねばならない。
そしてできれば、若々しい姿で智子と対面したかった。
 ところがその年の年末、剛志の望みは木っ端微塵に打ち砕かれてしまう。それはまったく予想していなかった現実で、思わぬ形で彼の目の前に姿を見せた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み