第4章  1963年 - すべての始まり 〜 9 蘇った記憶

文字数 1,241文字

                9 蘇った記憶


 死ぬまで、この時代で生きていかなければならない。そんなことを思っても、以前よりはずいぶん平静でいられるようになっていた。
 あれから勇蔵のところへも、一週間に一度くらいは顔を出している。
 佐智の病状は相変わらずだ。ただ最近は、勇蔵もすっかり剛志を信用し、剛志の方もいざとなれば、一緒に暮らしたっていいくらいに思っていた。
 そしてさらにこの頃から、剛志はある目的を達成したいと考え始める。
 彼が二十年さかのぼったように、過去に戻るにはあのマシンがどうしたって必要だ。
 しかし過去から未来へは、マシンなどなくたって簡単に行ける。時の流れに身を任せれば、いずれあの瞬間は訪れるし、十六歳の智子がまたあの場に現れるのだ。
 要するに、もう一度あの場面に立ち会って、三十六歳の剛志がこの時代に来ないようにする。そうなれば当然、智子は元の生活に戻れるし、すべてが元通りということだ。
 そんな目標をしっかり定め、やっとこの時代で生きていく意味を手に入れた気になった。
 そうしてまずは、残っている金をどう増やしていくか? そのためには株にしろ土地にしろ、経験済みの人生を正確に思い出さねばならない。
そうじゃなければ、またきっと、ミニスカートとおんなじことになってしまう。
 だから剛志は考えた。前の時代で大企業になっていて、十代の頃から知っている会社に的を絞る。そんな会社の株を買い続ければ、少なくとも倒産はないし、株価も確実に上がっていくはずだ、と決め込んだのだ。
それはオリンピックの興奮も落ち着きを見せ、冬の到来を意識し始める頃だった。
 さっそく大学ノートを買ってきて、思いつく企業名を次々ノートに書き込み始める。
 午前中から大学ノートとにらめっこして、彼は考え、そしてふと思い出したのだ。
 ――オリンピックのおかげで急成長した企業って、いったいどこだったんだろう?
 そんな疑問を思った時だ。
 ――そう言えば、親父が倒れたのも、確かこの頃だったかな……。
 いきなり教室に教頭が現れ、扉を開けるなり剛志を呼びつけ、正一が倒れたからすぐ帰れと続けた。
 ――あれは、いつの日だったか?
 そう考えた次の瞬間、脳裏に〝しかと〟浮かび上がった。オリンピックが終わって一週間、閉会式から数えてちょうど七日目……。そんな日に、父、正一は帰らぬ人となったのだ。
「それって、今日じゃないか!」
 カレンダーを見るまでもない。
 十月三十一日……正一の命日であり、それはまさしく今日という日に違いなかった。
 仕込み中に倒れたらしい。教頭がそう言ってきたのは間違いなく授業中だ。ならば午前か午後か? そう思った時には玄関を飛び出し、慌てて外階段を駆け下りる。
 最後の三段を一気に飛んで、剛志は道路に飛び出した。
「くそっ! どうして!?」
 心で何度もそう叫び、そのまま走り出そうとした時だ。
 微かな風を背中に感じる。
 ――なに?
 そう思って振り返った瞬間、彼の意識はパチッと消えた。
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