第8章 1945年 - 始まりの18年前 〜 1 日記、知らない時代(2)

文字数 1,365文字

 1 日記、知らない時代(2)


 昭和二十年の三月十日、その未明。日付が変わった頃から始まって、その一晩だけで東京の街を焼き尽くした。そして智子がマシンに乗り込んだのも、やはり三月十日の午後だったのだ。
 ――東京、大空襲だ……。
 遠くに広がる街々は、午前中でほとんど燃え尽きてしまったのだろう。
 きっとここは、終戦間近の昭和二十年なのだ。
 あとたった五ヶ月で、広島と長崎に原子爆弾が落とされる。そんなことを思うとすぐに、学校で見せられた記録映像が智子の脳裏に蘇った。
 なんでもない日常の風景が、眩い閃光とともに一瞬にして消える。それからは、目を覆いたくなる凄惨なシーンが、これでもかっていうくらいにずっと続いた。
 こんなもの、誰がなんのために撮影したの!? そんな怒りがこみ上げてきて、その夜一睡もできなかったのを今でもしっかり覚えている。
 ただしいくら腹がたっても、この時は自分自身がどうなるわけじゃない。
 全身が爛れて、裸同然で苦しむ人々を助けようともせずに、黙々と映像に収めている悪魔と一緒、つまり単なる傍観者に過ぎないのだ。
 ところが今、この瞬間はそうではなかった。
 もしかしたら今夜にだって、アメリカ軍の空襲があるかもしれない。
 ――どうして! どうして! どうして!?
 まるで意味がわからなかった。とにかく一刻も早く逃げ出さなきゃならない。
 そもそも自分は、どうしてこんなところに来てしまったのか? 
 昭和三十八年に来たはずなのに、智子が生まれる二年も前、さっきまでいた時代から三十八年も昔にいるんだ。
 ――どうして、三十八年も……?
 続いてそう考えて、智子はやっと気がついた。
 ――そうだ、わたし、38って入れたんだわ!
 あの時、木陰で着替えて、買ってもらった服を無理やり風呂敷に詰め込んだ。
 するといきなり声が聞こえて、見ればあの三人組の姿がある。あっと思ったちょっとの間に、マシンは剛志を連れて消え去ってしまい、途端に安心しきっていた気持ちが大きく揺れる。
もし、このまま何も起きなければ、きっと智子はわんわん泣き出していただろう。
 ところが突然、見知らぬ女性が現れるのだ。
 ひと声で男たちを追い出して、そのまま女性は屋敷の中に入って消えた。
 この時とっさに、今しかない! と思って、智子は岩に向かって走り出した。
 たとえマシンがなかろうが、向かうべきところはそのくらいしか考えられない。だから岩の前まで走っていって、慌ててマシンがあった辺りに手を伸ばしたが……、
「本当に、消えちゃったんだ……」
 やはり指の先には何もなく、思わずそんな事実が声となって出た時だ。
 上空にマシンが姿を現し、みるみるすぐそばまであの階段が伸びてくる。だから智子は迷うことなく乗り込んだ。そして思いつくまま38と数字を入れる。
 そうしてそんな数字が仇となり、行きたかった時代より十八年も昔に行き着いてしまった。
 となれば後は、すぐにマシンに戻って18と入れる。それから数字の色を反転させれば、今から十八年後の昭和三十八年に戻れるはずだ。
 智子は元気よく立ち上がり、そのまま今来た道を急ぎ足で戻った。
 そしてマシンへの階段を駆け上がり、あと数段で室内へというところでだ。
 ――え? 誰?
 マシン入り口の向こう側に、はっきり人影が見えたのだ。
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