第5章  1973年 プラス10 - 始まりから10年後 〜 4 告白(3)

文字数 1,156文字

                4 告白(3)


  しかし実際にそうするかどうか、一時の喜びだけで決められるものじゃない。
だから今日はこのままマンションに帰って、明日またこの時間に訪ねてもいいかと声にした。
 ――彼女と一緒に、俺はこの時代で幸せになる!
 そして屋敷からの帰り道、彼は素直にそう思えるようになっていた。
 しかしそうなるためには、クリアしなければならないことがある。
さらにきっと、節子も同じように考えて、次の日、剛志がやって来るなり過去を話し出したに違いない。
「わたしにはね、両親はおろか、兄弟、親戚だって人っ子ひとりいないの。親しい友人だってほとんどいない。まさに天涯孤独って身の上よ。だからここまで来るのに、いろんなことをして生きてきたわ。女も使ったし、いかがわしいことだって、正直やったこともある。でもね、なんと言っても最悪だったのは、わたしはこの手で、自分の子供を捨てたってことなの……」
 丁寧だった言葉遣いが少しくだけて、彼女はそんな出だしで昔の話を語り出した。
そうして告げられた彼女の過去は、剛志にとってそれほど衝撃的とは思えない。
 きっと戦後の混乱期なら、似たような話は山のようにあったろうし、それでも頑張ってきたからこそ、このような屋敷に住めるまでに彼女はなれた。
 子供を養子先に残してきた話も、節子の優しさゆえだと素直に思える。
 ところがだ。自分の方はそう簡単じゃない。
 すべてを話してしまえば、どうしたってタイムマシンが〝どうこう〟なんて話になるのだ。そんな事実を伝えることが、二人にとってプラスになるとはどう考えたって思えなかった。
 だから剛志は、またまた伊藤博志を見習った。
 伊藤が話していたのをそっくりそのまま、剛志は節子に話そうと決める。
「気がついたら昭和三十八年の街をね、ひとりぼっちで歩いてたんだ。自分がどこの誰だかさえわからなくて、もちろん名前だって思い出せない。背広っぽいものを着ていたから、きっとどこかで働いてはいたんだろうけどね。とにかく、そんなことも含めて、何もかも、俺は忘れ去っていたよ」
 だから自分だって、本当は何をしていたかわかったもんじゃない……と、剛志は笑顔ながらに節子へ告げた。
「じゃあ、名井良明って名前は……嘘なの……?」
「いや、嘘っていうか……ちょっと言いにくいんだけど、実はね、その名前も戸籍も、死んだ人のものなんだ」
 大筋は、紛れもない真実を伝えておいて、
「だから、戸籍とかは本物だけど、実際の名井って人には、僕自身会ったこともない。だからこの名前に未練はないし、もし、もしもだけど、昨日の話が本気ならば、この際わたしと、正式に結婚しませんか?」
 そして節子の戸籍に入りたい。
 と、ほんの少しの嘘を織り交ぜながら、彼は節子へ告げたのだった。
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