第4章  1963年 - すべての始まり 〜 6 剛志の勝負(3)

文字数 1,105文字

               6 剛志の勝負(3)


 剛志はそんなことすべてを思い出し、それから毎週彼の家まで通い始めた。
 もちろんチャイムなどは鳴らさない。今は影も形もないあの建物が、いつ出現するかが知りたいだけだ。そうして外出するたびに、この際だからといろいろなものも見て回った。
 そんな街歩きの最中に、彼は衝動買いでテレビを購入。始まったばかりのカラー放送対応で、二十一インチある最新式の価格はなんと二十万円という高額だ。
 十倍ということで考えれば、元の時代なら二百万だってことになる。なんとも恐ろしい金額だったが、とにかく剛志はテレビを通じて、この時代を何から何まで学んでいった。
 そうして半年近くが経った頃、小柳邸の庭に見覚えのある建物が現れる。あとは彼の会社が動き出すのを待って、信じてもらえるよう必死になって訴えるだけだ。
 普通に考えて、見ず知らずの男がどう説得しようが、ミニスカートが流行るなんて信じるとは思えない。
ただ、あの社長は違ったのだ。少なくとも信じた結果が、あの大きなビルになるはずだった。
 ――俺が高校生だった頃にも、もう一人の俺が存在していた。
そんな自分が小柳社長に掛け合った結果、ミニスカートが大ヒットして、彼の会社も急成長を遂げる。そこまで思って、剛志はやっとのことで気づくのだった。
 ――あの頃、あそこにいたのが、俺だったのか……?
 あの事件の後から見かけるようになって、店の奥でいつも一人静かに飲んでいた男。
 顔は浮かんでこなかったが、あれが今の自分だとここで初めて思い当たった。
するとそんな気づきに押し出されるように、記憶の端っこでくすぶっていたシーンが一気に脳裏に浮かび上がった。
 ――じゃあ、あれはいったい……いつのことだった?
 そこまで思って、部屋でいきなり立ち上がる。慌ててカレンダーに目をやって、
 ――そうだ。あの日も今日のように、真夏のような暑さだった。
 そう思った時には畳を蹴って、靴のかかとを踏みつけながら外階段を駆け下りる。
 その時ちょうど、一台の自転車がアパート前を通りかかった。
 いきなり飛び出た剛志を避けようとして、慌てて中年男がハンドルを切った。
 あ! と思った時には自転車は倒れ、男も地面に勢いよく転がった。
「この野郎! 気をつけやがれ!」
 と、背中から聞こえたが、立ち止まることなく走り続ける。そうして到着した先は児玉亭で、幸い常連たちもまだ来ていない。剛志は胸を撫で下ろし、いつもと一緒の一番奥に陣取った。
 それから普段より少し大きな声を出し、
「親父さん、瓶ビールください。もう、暑くて暑くて……」
 噴き出す汗を必死に両手で拭うのだった。
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