第9章  1963年 プラスマイナス0 – 始まりの年 〜 1 覚醒(4)

文字数 1,191文字

 1 覚醒(4)
 

 例えばあの火事の日だ。
 石川一人だったなら、目の前で起きる出来事の意味さえきっとわからない。だから智子も現場に出向き、自分の目で過去の事実をはっきり見ようと思うのだった。
「やっぱり、どこからやって来たのか、どこをどう調べてもわかりませんね……」
 伊藤博志が現れたら、すぐに自分に知らせてほしい。そう頼んでからほぼ一年後、彼は相変わらずの長身で、若い智子の前に現れた。そしていくら調査をし尽くしても、彼についてはなんの情報も出てこない。
 だからとにかく、あの日が来るのを待つしかなかった。
「大丈夫ですか? けっこうな火の回りかたですよ」
「ここにいれば大丈夫よ。まあ、不思議な話なんだけど、この辺りはぜんぜん燃えないままで、この後すぐに消えちゃうらしいの……」
 赤外線カメラを手にして、二人が林に入ったのは昼を過ぎてすぐの頃だ。
 本来なら乾燥している時期なのに、辺りには妙に湿った空気が充満している。
 なのにいきなりだった。あちこちから火の手が上がり、その様子はどう見たって自然発火などではない。瞬く間に炎が広場を取り囲み、二人のすぐそばまで熱気が届いた。やがて慌てた様子の伊藤が現れ、続いて若々しい智子が姿を見せる。
 そうして次の瞬間だ。いきなり、智子の姿が視界から消える。と同時に石川がサッと動いて、茂みから飛び出すような仕草を見せた。智子は慌てて彼の背中に手を置いて、「大丈夫、転んだだけよ」と声をかける。
 それからたった数分後、伊藤博志は血だらけで、それを剛志が呆然となって見下ろしていた。
 最初の一撃は、あっという間で間に合わなかった。倒れ込んだ伊藤をさらに突き刺そうとしたところで、やっと石川は男の方にカメラを向けた。
「撮れた?」
「撮れました」
 その後、二人の会話はこれだけだ。
 剛志がいなくなるのを待ってから、彼らもさっさとその場を後にする。
 この時の体験によって、石川は完全に智子の話を信じたらしい。目の前で実際少女が消えて、智子が話した通りに何から何まで事が進んだ。
 そうして次の日には、三十六歳の剛志がこの時代にやって来る。彼はマシンを送り返して、居合わせた警察らに捕まってしまうのだ。
 しかしこんなのもすべて智子の想定内。計画通りに警察から救い出し、若い方の剛志のために現像した写真を警察へも送った。
 すべてはおおよそ順調で、あの剛志が有名大学を受験するなんて言い出したり、歳を取った方もアパートを借りて、何やらいろいろと頑張っているようだった。
 智子は智子で、昭和五十八年で過ごした記憶を活かして、ダイナミックに土地や株を運用していった。結果、彼女の資産は驚くほどの額になって、資産管理をプロに任せるようになる。
 ただそんな中、唯一の誤算と言えるのが剛志の交通事故だった。
 彼には常時監視を付けていて、あの事故のこともすぐに智子へ連絡が入る。
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