第4章  1963年 プラスマイナス0 - すべての始まり 〜 4 二人の苦しみ

文字数 1,401文字

                4 二人の苦しみ


「おい! そこで何をしている!?」
 そんな警官の声が聞こえた時、剛志はすぐに智子のことを思ったのだ。だからマシンだけは二十年前に戻そうと決めて、一か八かの勝負に出た。
 これを元の時代に返してしまえば、智子に戻ってくるチャンスが残る。
 あの時、彼女もあの出来事を見ていたはずだ。だから無防備のまま出て行かないだろうし、男たちもまだ智子に気づいていなかった。後はあの連中が、消え去った剛志やマシンにどの程度興味を持つかだが、見ず知らずの庭園に長々居座るほど馬鹿ではないだろう。
 となればマシンが戻った意味を理解して、さらに操作方法を間違えたりしなければ、彼女はもうとっくにこの時代に来ているはずだ。
 だから今頃急に智子が現れて、あの辺りは大騒ぎになっている。そうなって心配なのは、あのマシンの存在が知られてしまうことだけだ。
 ――頼むぞ、誰も気づかないでいてくれよ……。
 気づかれないうちにさっさと乗り込み、昭和五十八年に戻ったらすぐに百年後にでも送ってしまう。そう心に念じながら、剛志はあの林入り口に立ったのだ。すると思った以上あちこちに、立ち入り規制テープが張られている。これで入り込もうとするならば、
 ――捕まえてくれって、言っているようなものだよな。
 なんてことを素直に思った。
 それから来た道を少し引き返し、昔フラフラになって駆け込んだ一軒家を目指す。家はすぐ見つかって、あの時とは段違いの慎重さで敷地内に入り込んだ。
 ただ今回は、やたら広い庭には向かわずに、裏庭から林側の塀の方へ回り込む。それから以前も使ったテーブルに乗って、まんまと林の中に下り立った。
 幸いそこに規制テープなどはなく、見回す限り人影も見えない。時計がないので正確にはわからないが、空の感じから一、二時間で日没というところだろう。
だから行けるところまでとにかく行って、あとは日没をじっと待つ。暗くなってしまえば、きっとなんとかなると思うのだ。
 腰を屈め抜き足差し足、剛志はあの空間目指し進んでいった。そして難なく、警官に取り押さえられたところまで到着する。この先に広場のようなところがあって、警官がうようよいるのがはっきりとわかる。剛志は腰をさらに下げ、両手をついて顔をグッと低くした。その体勢のまま顔をゆっくり横に向け、視線の先にある木の根っこに手を伸ばす。
 人の腕くらいある大木の根っこが、ちょっとした窪みを作っていたのだ。そこに腕まで突っ込んで、ゆっくり何かを引っ張り出した。
現れたのは、マシンで見つけた革袋。剛志は慌てて中を覗き見る。すると札束はちゃんとあって、フッと安堵の吐息を漏らすのだ。
 あのマシンが戻ってなければ、彼はどうしたってこの時代で生きねばならない。こんな大金が置かれていた理由も気にはなるが、なんにせよ、とことんありがたい話には違いない。
 あの時、彼はとっさにこれを隠して、万一の時のために備えていたのだ。
 それからブルゾンジャケットへ革袋を無理やり押し込み、そのままの体勢でジッと待った。
 しかしすぐに腕が疲れて、音を立てないように地べたにゴロンと横になる。すると上を向いた彼の顔を、誰かが突然覗き込んだ。
 当然剛志は驚いて、慌てて起き上がろうとするのだが、
「動くな! 今動いたら見つかるぞ!」
 力のこもった小さな声で、男が肩を押さえてそう言った。
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