第2章 1983年 – 始まりから20年後......7 奇妙な電話

文字数 1,536文字

                7 奇妙な電話


 週休二日制になって間もない頃だ。
 土曜日が休日に変わっても、土日とも会社を休む気にはなかなかなれない。
 二月になって最初の土曜日、その日も剛志は都内を市価調して回り、新しい動向を見つけ出そうとファッション街を歩いて回った。しかし大した成果もないまま、有楽町で一杯引っかけ帰宅したのが夜の八時だ。
 三十代も中盤になって、歩き回るだけでドッと疲れる。それでも明日の日曜日も当然休みで、差し当たって特に出かける用事もない。となれば風呂に入って、眠くなったら寝るだけだ。
 彼は最近、最新式ビデオレコーダーを買ったばかりで、週末ビデオを借りて帰るのを楽しみにしていた。購入したのはVHSのハイファイ機。給料ひと月分が軽く消えたが、それでも自宅で好きな映画が好きな時間に鑑賞できる。毎回、映画館へ行くことを考えれば安いものと、ビデオレンタル店が近所にできたのを機に即決したのだ。
 だから今夜も店に寄って、昨年公開されたばかりの〝ロッキー3〟と、新作コーナーにあった〝愛と青春の旅立ち〟を借りようとすぐ決めた。
 その後ズラッと並んだ〝ET〟も、とも一瞬思うが、どうせ宇宙人だの円盤だのと、途中でばかばかしくなるに決まっている。いつも通りそう考えて、最初の二本だけを借りて帰った。
 昔っから、SFやオカルトの類が好きになれない。
 現実にあり得ないその手のものに、喜んで金を払う人の気が知れなかった。
 時間旅行や瞬間移動が可能なら、まさに事は簡単だ。そんなことが〝あり〟ならば、何が起ころうと解決できるはずだろう? なのにわざとらしい不都合をなんだかんだと押しつけて、結末までの道のりをスムーズに進まないようにする。
 すなわち、わざとらしいのだ。剛志は心からそんなふうに感じて、映画だけでなく読み物についても、その手には一切近づこうとはしなかった。
 そんな彼が風呂から上がって、缶ビールを取りにキッチンに行こうとした時だ。
 リビングから、黒電話のけたたましいベル音が鳴り響き、
 ――きっと、地方の店長からだ。
 彼はすぐにそう決めつけた。
 いざという時には、いつでも電話して構わない。そんな宣言をしているせいで、休日といえどもけっこうな頻度で店から電話がかかってくる。
 ――さて、今日は何が売れすぎてお困りなんでしょうか?
 まさしくそんな軽い気持ちで、彼は受話器を手に取った。
 ところが最初、何がなんだかわからない。
 きっと本当に、忘れてしまっていたのだろう。
 それはまさしく突然で、かなり久しぶりに聞く人の名だった。
「伊藤博志はいるか? いるんだろ? 早く、あいつを出してくれ!」
 この瞬間、本当になんのことだかわからなかった。
 ところが続いた声のおかげで、一気にすべてが蘇るのだ。
「まだ、伊藤は智子と一緒なのか? 智子も、そこにいるんだろう?」
「智子って……?」
「桐島智子だ! 伊藤と一緒に消えた女だよ!」
「伊藤と消えたって、あんた、いったいなに言ってるんだ!?」
 ――伊藤博志は消えたんじゃなくて、あの日、殺されて死んだだろう?
 続いてそんな台詞が浮かび上がって、そのまま口にしかけた時だった。
「おまえ、だれだ?」
 一気にトーンが変化した。
「そっちこそ、いったい誰にかけてるつもりです?」
 馬鹿げたことを言いやがって! そんな憤りをグッと堪え、剛志はなんとか別の言葉を言って返した。
すると次の瞬間だ。
スッと息を吸うような間があって、受話器の向こう側が押し黙る。
 そしてきっと、指でフックを押さえたのだろう。
プツッという音がして、そこで電話は切れてしまった。
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