第7章  2013年 – 始まりから50年後 4 八年前の、あの日

文字数 1,316文字

              4 八年前の、あの日


「どうも、大変ご無沙汰しております。わたしのこと、覚えていらっしゃいますか?」
 平成二十一年、今から八年くらい前、男は間違いなく、ドアフォンを通してこう言った。
 剛志自身、どこかで会ったような気はするのだ。ところが玄関に立つ男を眺めても、具体的なことは何も浮かんで来なかった。それでもとにかく……、
「今日は、岩倉節子さんのご依頼で参りました」
 そう言ってきた男を、剛志に追い返すことなどできやしない。
 男は黒いスーツを着込み、今どき珍しい中折れのマニッシュ帽を手にしている。もちろんそんなのがセールスマンのわけないし、ならばいったい?
 ――節子の依頼ってなんだ? それにこいつは、何者だ?
 遠慮ないそんな視線に男もようやく気づいたようで、リビングのソファーに座るや否や、
「この名刺をご覧になっても、すぐにはおわかりにならないと思います。なんと言っても、もうずいぶん昔のことですから……」
 少し慌てたようにこう言って、一枚の名刺を剛志の前に差し出した。
 ――弁護士 石川英輔 神仙総合法律事務所。
 そう記された名刺を見た瞬間、頭の後ろっ側がカアっと一気に熱くなった。
 ――見たことがある!
 そう思うと同時に、思わず声になったのだ。
「じゃあ、あの時病院で……?」
 病室にいた弁護士も、確かにずいぶん背が高かった。
「病院と言いますと、入院なさっていた時ですね。そうなんです。九年ぶりに目が覚めたという連絡が入って、その時にお邪魔したのが、弁護士、石川英輔本人になります。今から、もう四十年以上も前のことになりますから、もちろん、英輔はわたしではありません。実は、英輔はわたしの父でして……」
 剛志はとっさに、高校生の頃、母親の病室に現れた弁護士を思い浮かべた。ところが男から返った答えは、明らかに剛志自身が入院していた時のことだ。
 高校生の時に出会って、三十六歳で二十年前に戻ってから交通事故に遭った。それから九年近くを棒に振って、再び同じ人物と出会っていたということなのだ。
そしてさらに、過去に戻った彼が警察にいる時、嘘八百並べて救い出してくれたのも、目の前にいる男の父親だったということになる。
 本当の石川英輔は十年前、七十四歳で亡くなっていた。息子である男も弁護士になって、父親の死後、そのまま事務所も継いだのだろう。もちろん継続中の仕事も引き継いで、その中に節子との契約もあったのだと彼は言った。ただ、残された書類だけでは全容が不明で、彼はそのことについて申し訳なさそうに剛志に告げた。
「何をしたのかについては、すべて父の残した記録があります。しかし、資格剥奪となるくらいの危険まで冒して、父がなぜこんな大それたことに付き合った……、いや、付き合ったはおかしいですね、十分すぎるお支払いはしていただいてますから。ただとにかく、わたくしどもはいきさつなどの詳しい事情を存じ上げません。だから逆に、もし、岩倉さまがご存じであるなら、ぜひ教えていただきたいと、わたくしどもも思っているんですが……」
 どのような理由で依頼を受けるに至ったか、彼はまるで知らないと言って困った顔を見せるのだ。
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