第7章  2013年 – 始まりから50年後 3 あの日とその日(3)

文字数 766文字

               3 あの日とその日(3)


 きっといろんな状況の中書き込んで、長年にわたって読み返したりしたのだろう。
ページの端っこは破れたり折れ曲がったり、ちょっと乱暴に扱えば、すぐにでも解けてバラバラになりそうなものだったのだ。細かな文字がページ一面に書き込まれ、このノートだけは日付が書かれていないところも多い。
 期間は昭和二十年から五、六年の間で、この一冊こそがまさに衝撃的なものだった。
 一方、残りの二つは市販のもの。どちらもちょっとした百科事典くらいの厚さがある。
 昭和二十年代後半から四十年代に使われたもので、この二冊にも驚きの記述はあるものの、なんとか冷静に読むことができる。
 ところがボロボロのノートの方は、今でも手に取るだけで熱いものがこみ上げた。
「どうしてなの?」
「誰か助けて!」
「もう、死んでしまいたい……」
 こんな心の叫びが至るところに書き込まれ、剛志はそんなのを目にするたびに大学ノートを静かに閉じた。そして再び読み始めるまで、時にけっこうな時間がかかったりする。
 こんな時、彼はいつでも思うのだった。
 ――絶対に、治してやるからな……だから二人して、何年でもここで待っていよう。
 こんなふうに、剛志は何十回思ったかしれない。だから今日も、そんな日記を手に取って、
 ――絶対に、俺はおまえを治してやる。
 力強くそう念じ、剛志がふと、顔を上げた時だった。
 ――え?
 彼の目が何かを捉え、思わず椅子から立ち上がる。
と同時に手からノートがこぼれ落ち、剛志はそれを拾おうともしないのだ。視線の先にある何かを見つめ、まるで夢遊病者のようにテラスの隅に近づいていく。やがて、呆然と立ち尽くし、ふと我に返って節子の方を振り返った。
 その時、剛志の目には涙が溢れ、不思議なくらいその唇は上下左右に揺れている。
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