第6章  1983年 – 始まりから20年後 〜 4 平成三年 智子の行方(9)

文字数 1,056文字

             4 平成三年 智子の行方(9)


 その瞬間目に飛び込んだものが、即座に剛志の心臓を鷲づかみにした。息をするのも忘れ去って、ただただそこにある意味を必死になって考える。
「どうでしょう、〝ともこ〟ですかね、〝ともえ〟でしょうか? それとも、どちらも違ってたってことなんでしょうか?」
 黄ばみ切った裏側に、鉛筆で殴り書きがしてあった。
 ちょっと見ると、〝ともこ〟とも〝ともえ〟とも取れるような乱雑な文字だ。さらにその上からすべてを打ち消すように、全体に大きくバッテン印が書き加えてあるのだ。
 〝ともこ〟
 〝ともえ〟
 もしかしたらこのバツ印は、どちらも違ったという意味かもしれない。しかしこれを見た瞬間に、剛志の中での答えは出ていた。やはり写っていた女性は〝ともこ〟で、それは剛志の知っていたあの〝智子〟に他ならない。
ここまでくれば、もうどうにも否定のしようがないように思えた。
 ――智子……。
 不意に十六だった彼女の姿が、脳裏にまざまざと浮かび上がる。
と同時に、喉奥から熱いものが込み上げ、顔の中心がいきなりカアッと熱くなった。まずい! と思った時には後の祭りで、すぐに引きつるような嗚咽を抑えるだけで精一杯だ。
 普通なら、きっと目を丸くして驚くだろう。大の大人が他人の家で、今にも鳴き声をあげそうなのだ。なのに動揺など一切見せずに、高城氏は剛志が落ち着くのを無言のままで待っていてくれた。書かれた文字に目を落とし、少なくとも驚いた素振りなど微塵もない。
 一方剛志も、心の動揺を必死になって抑え込み、やっとのことで声を発する。
「すみません……あの、実はこの女性、わたしの幼なじみに、すごく似ていまして……」
 そう言ってしまってからすぐに、顔半分しか見えない写真で、
 ――すごく似ているとは、言いすぎか?
 そんなことを少しだけ思った。
「まさか、とは思っていたんですが、これを見て、やっぱりそうだったかと……。その人も実は、〝ともこ〟という名前、だったんです」
 そんな言葉に、驚いたという表情を一瞬だけ見せて、高城氏はすぐ頷くように下を向いた。
そうして高城氏との面会は、一時間ほどで終了を迎える。
 結局、あの写真の女性はやはり智子で、過去へ行ってしまったというのも現実だった。さらにそんな日に起こっていた惨劇を、剛志はこれまで想像すらしていないのだ。
 剛志がふと、行方不明になった日を口にした時だ。可能性の高い昭和二十年だとして、あの火事が起きた三月十日を声にした途端、高城氏の表情が一気に歪んだ。
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