第2章 1983年 – 始まりから20年後......3 助け舟(2) 

文字数 1,207文字

               3 助け舟(2)


 そしてその翌日から、恵子はやきとり屋の営業準備をし始めるのだ。
 正一が取引していた業者に頭を下げて、ブロイラーや様々な臓物を取り寄せる。そして定食屋が終わってから、それらをせっせと串に刺し始めた。
 ところがなんと言っても初めてのことで、なかなか上手く焼けてくれない。
それでも開店初日には、ご近所さんが次々と集まって、だいたいが焼きすぎた串焼きを文句も言わずに食べてくれた。それから毎日休まず店を開け、もともと常連だった連中も入れ替わり立ち替わり姿を見せる。
 こうなって剛志もやっと、彼らのありがたみを心の底から痛感した。
 ただ、正一の頃より単価を下げたせいで、思っていたほどの儲けにならない。それでも徐々に売り上げも上がって、やっと軌道に乗り始めた頃だった。
 ある日学校から帰ると、店の暖簾が出しっ放しだ。
もちろん定食の時間はとっくに終わり。
 ――入り口の鍵だけ締めて、しまい忘れるなんてあるだろうか?
 そう思いながら裏から入るが、家のどこにも恵子はいない。
 ――まさか、こんな時間、厨房に?
 そう考えた途端、父親のことが思い浮かんだ。
それから慌てて店に行き、剛志はそこで床に倒れこむ恵子の姿を発見する。幸いただの過労だったが、こうなればもう学校などには通えない。とっとと退学を決意して、学校帰りに恵子の入院先に急いで向かった。
 もう反対されたって構わない。今度のは相談じゃなくて報告なんだと心に刻んで、彼は病室の扉を勢いよく開け放った。
「母さん! 俺やっぱりさ……」
 と、そこまで声にしたところで、予想外の光景が目に飛び込んでくる。
 備え付けの丸椅子に、見知らぬ男が座っていたのだ。ギャング映画に出てきそうな黒いスーツ姿で、膝の上には中折れのマニッシュ帽が載っている。
言ってみれば、春に公開されたばかりのスパイ映画、「007ゴールドフィンガー」に出てくるジェームズ・ボンドのようなのだ。さらにひと目で、その身長が並外れて大きいことも見て取れる。
 誰? 上半身を起こしている恵子へ、剛志がそんな目を向けた。
 すると男は待っていたとばかりに、それでも妙にゆっくり立ち上がる。
「児玉、剛志くんですね……」
 そう言いながら名刺を差し出し、
「すべて、お母さまにお話ししてありますが、この先、何か困ったことがありましたら、剛志くんの方も遠慮なく、そこにある番号に電話してくださいね」
 そう言って、男は口角をキュッと上げた。
「もちろんそれは、どんなに些細なことでも構いませんからね。しかしまあ、ここでお会いできて本当によかった。それでは、わたしはこれで失礼します」
 そう言った後、再び恵子の方に向き直る。それから軽く一礼して、そのまま病室から出て行ってしまった。
 そうしてすぐに、彼は恵子から驚きの説明を聞いたのだ。
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