第6章  1983年 – 始まりから20年後 〜2 大いなる勘違い(2)

文字数 1,278文字

               2 大いなる勘違い(2)


 実際、具体的な資産内容も知らなかったし、剛志も言ってみればそこそこの資産家だ。
 しかし彼の場合は節子と違って、自ら汗水垂らして稼いでいない。元はと言えば伊藤か誰か、未来から来た人間の金から派生した財だった。
 だからこの際、すべてを節子に預けよう。そうすることが自然に思え、その管理一切を頼めないかと節子に向かって申し出た。
 最初驚いていた節子の方も、結局は彼の希望を受け入れてくれる。
それからは、何か買いたい場合は節子に頼んで金を貰った。生活費の管理なども、金に関わることすべてを彼女がきちんとやってくれる。
 すると不思議なもので、二人にあった遠慮のようなものがこれを境に小さくなった。
 さらにこの頃から、節子は剛志をしょっちゅう旅行に誘うようになる。あっちこっちからパンフレットを取り寄せ、彼にどこがいいかと聞いてきた。
「せっかく日本人に生まれたんだから、まずは日本中を知っとかないとね……」
 そんなことを彼女は言って、ひと月に一回は剛志を旅行に連れ出すようになった。
 そうして、あっという間に十年だ。国内の主だった観光地は行き尽くし、この頃ではヨーロッパ旅行などにも行くようになる。
 ただし、そんなのが問題なのだ。
剛志は飛行機が大の苦手で、長いフライトの場合は自ら留守番を申し出る。そんな時、ブーブー文句を言いながらも、節子はしっかり一人で出かけていった。
 そうしていよいよ、二度目となるあの日が、ひと月ちょっとに迫ってくる。
 そもそも、あれは自宅の庭で起きるのだ。節子がいればどうしたって気づかれるし、なんとしても外出するよう仕向けなければならない。
 ところがなんとも幸運なことに、運命の日の二日前、三月七日出発のツアーに行かないかと節子が突然言い出した。さらに目的地はフランスなんだと言ってくる。
「地中海に沈む夕日を、あなたと一緒に見たかったのに! お城が遠くに霞んで見えて、最高に素敵だってところなのよ! 今どき、飛行機が怖いとかヤメてほしいわ。ねえ、どうして八時間以上はダメなのよ」
 フランスは八時間以上かかる――だから行けないと、剛志は頭を下げたのだ。節子は呆れ顔でそんな疑問を口にするが、どう説明しようがわかってはもらえるはずがない。
 もちろん今回だけは、どんな短いフライトであっても答えはノーだ。さらに十二時間を超える長旅となれば、断るために嘘をつく必要さえない。
 あのエンジン音が聞こえてきた途端、彼の心臓は一気にバクバクし始める。そうして浮き上がった瞬間から、ずっと生きた心地がしないのだ。だから搭乗前から酒をガブガブ飲んで、できるだけ早く酔っ払って寝てしまう。
 運が良ければ節子に起こされるまで寝っぱなしだし、運悪く目が覚めても、だいたい残りは一時間くらいのフライトだ。
 そのくらいなら、また酒を飲んで我慢できないこともない。
 ところが十二時間のフライトとなれば、そんな我慢がさらに五時間続くことになる。そうそう寝ようったって寝られないし、これこそが地獄の時間となるのだった。
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