第6章  1983年 – 始まりから20年後 〜 4 平成三年 智子の行方(6)

文字数 1,162文字

              4 平成三年 智子の行方(6)


 ――どうして智子は、そんな昔に行ったんだ?
 その結果、今から四十三年も前、昭和二十三年の春にどこぞの裏通りで死んでいた。
 どうしてそんなことになったのか? 剛志も二十年前に戻ったし、智子のもとへマシンを戻す時にも、数字には一切触れていない。だから数字を反転し忘れ、そのまま二十年先に行ってしまうなんてことならありそうなことだ。
 ――なのにどうして、彼女は三十五年前なんかに?
 昭和二十三年ってことは、昭和五十八年から三十五年も前になる。
あれは同じ場所、時刻にしか――少なくとも、剛志が知りうる範囲では、だが――行くことができない。であれば、智子の行き着いた日も三月十日のはずだろう。
 そして写真が撮られた〝春〟という季節とは、せいぜい六月の梅雨前くらいまでを言う。つまり昭和二十三年に行ったとするなら、智子はたった数ヶ月で死に絶えたということだ。
 さらに言うなら、
 ――たった数ヶ月で、あんなに太ってしまうものか?
 突然あんな時代に放り出されて、誰であろうと痩せてしまうのが普通だろう。なのに写真の女性は智子より、優に三十キロくらいは太って見える。それにあのデジタル時計にしても、たった数ヶ月で電池切れなどになるものか?
 きっと智子は、二十三年より以前の時代に行ったのだ。そして電池の切れてしまったデジタル時計を肌身離さず大事にしていた。そう考えれば体型の変化だってありえることだし、
 ――不規則な生活や、米兵との食事であんなに太ってしまったか……?
 きっとそうでもしなければ、十六歳の智子が生き抜くことは難しかった。
 そしてそんな日々のスタートは、昭和二十二年だったのか? それよりもっと前なのか?
 剛志は静止画を見つめたまま、智子が行き着いた時代について必死になって考えた。
 そもそもマシンに浮かび上がる数字は、間違いなく時間移動したい年数だ。だから去年に戻りたければ、ただ〝1〟とだけ入れればいい。
 つまり昭和二十二年に行ったのなら、智子はマシンの数字を〝36〟としたことになる。
 ――俺は、彼女にちゃんと説明したはず、だ……。
 ただ本当なら、剛志も一緒にいるはずだったし、一人で乗り込むなんて完全なる想定外。それでも戻ったマシンに乗り込んだなら、昭和三十八年に戻ることだけで必死なはずだ。
 だとすれば、数字をいじろうなんて考えるだろうか?
 ――何を思って、〝36〟なんて数字を入力したんだ?
 そう思った時ふと、ある考えが浮かび上がった。
 ――もし、〝38〟と、入れたんだとしたら……?
 昭和三十八年に、なんとしても戻りたい。そんな気持ちのまま、
 ――20のところを〝38〟と変えたんだとしたら……?
 智子は、昭和二十年の三月十日に行ってしまったことになる。
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