終章  2017年 始まりから54年後 〜 平成二十九年三月十日(2)

文字数 1,270文字

 平成二十九年三月十日(2)



『数字がいくつだったかは覚えていない』
『ただ、あの時は気づかなかったけど、数字の色は確かに黒に変わっていた』
『だからきっと……またあれはいつの日か、あの岩の上に姿を見せる、いつか、必ず……』
 
 これを目にした日から、新たに人生の目標が定まった。
 それから毎年、三月十日になると節子を自宅に連れ帰る。そしてひたすらマシンが現れるのを待ったのだ。
 八回目となる今日という日も、いつも同様、節子とともにテラスにいた。
 昭和二十年、モンペ姿の女が消え去った後、まだ腕時計を探せるくらいの明るさはあったらしいから、こっちの世界でも、辺りが暗くなってしまえばもうマシンがやって来ることはない。
 そうしてそろそろ日も傾きかけて、彼はいつものように自分の心に誓うのだ。
 ――絶対に、俺はおまえを治してやる。
 力強くそう念じ、剛志がふと、顔を上げた時だった。
 ――え?
 彼の目が何かを捉え、思わず椅子から立ち上がる。と同時に手からノートがこぼれ落ち、剛志はそれを拾おうともしないのだ。
 視線の先にある何かを見つめ、まるで夢遊病者のようにテラスの隅に近づいていく。
 やがて呆然と立ち尽くし、ふと我に返って節子の方を振り返った。
 その時、剛志の目には涙が溢れ、不思議なくらいその唇は上下左右に揺れている。
 
 何度も、諦めかけたのだった。
 そのたびに、ボロボロのノートを思い出し、あの日決意したことを再び心に刻み込んだ。
 もう一度、児玉剛志として智子とちゃんと話がしたい。そうするためには病気をしっかり治すしかないが、今という時代では何をしようと不可能だ。
 しかし百年後なら、あの伊藤博志が暮らしていた世界なら、もしかしたらそんなことだって可能かもしれない。そう思って、剛志はずっと待ったのだった。
 そして今、そんな願いを実現できる唯一の鍵が、やっと剛志の前に姿を見せた。
「節子、いや、智子……これで、一緒に行けるぞ……」
 節子に向かってそう声をかけ、剛志は再び岩の方に目を向ける。すると現れた歪みはすでに岩の上で、ちょうど銀色の物体が地表に向かって伸びているところだ。
 剛志は迷うことなくテラスから下りて、ゆっくり岩へと近づいた。それから階段となったその先を、一歩一歩ゆっくり、踏みしめるようにして上がっていった。
 まずは、浮かんでいる物体に尻を乗せる。すると包み込まれるように全身が覆われ、背中を少し浮かすと例のパネルも現れてくれた。
慌てて前方に目をやると、黒くくっきり、例の数字が目に飛び込んでくる。
 〝00000072〟
 すなわち戦後から七十二年、平成なら二十九年となるし、西暦だったら2017年だ。
 まさにパネルの数字は今年を指し示している。
 ――でも、いったいどうしてだ……?
 マシンに入り込んだという女が、何か意図をもってそうしたとは考えにくい。
 ただただ変化する数字が珍しかったのか? 
 これが何かを考えた結果、たまたまこんな数字になっただけか? 
 それでも入力された数字通りに、マシンはちゃんと七十二年後に現れたのだ。
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