終章  2017年 – 始まりから54年後 〜 平成二十九年三月十日(4)

文字数 1,095文字

 平成二十九年三月十日(4)



 そんな出来事から、二時間くらいが経った頃だ。辺りはかなり暗く、夜空には星々がしっかり浮かび上がっていた。それでも庭園のあちこちに夜間灯が点いて、心配せずに歩けるくらいの明るさはある。
 ところが岩の周りにだけ照明はなく、そこだけが妙に暗く、寂しい感じがするのだった。
 そんな空間に、突然何かが浮かび上がった。
 柔らかな光を放ちながら、それは静かに地上に向かって降りてくる。
 一切音を立てずに停止すると、ぽっかりと扉が現れた。それが瞬く間にスロープとなり、地面へ続く階段に変わる。
 まるであのタイムマシンのようだが、そのサイズは前のものより格段に大きい。そこからすぐに長身の男が二人現れて、地表に降り立つなり片方の男が呟いた。
「いない、ようですね……」
 誰かを捜しているのか、男は忙しなく視線をあちこちに動かしている。
 するともう一方が男の肩をポンと叩き、
「いや、あそこだ……あそこにいる」
 と、やはり小声で呟いた。
 その視線はテラスに向けられ、
「彼がきっと、そうなんだろう……」
 そう言う男の見つめる先に、椅子にもたれかかるように座る剛志の姿があったのだ。
「どうだ?」
「心停止から、一時間以上経過しているようです」
「では、さすがに厳しいかもしれんな。残念だが、あの人の願いは叶えられない。あとはこの後どうするかだが、彼女の意識は、あとどのくらいもちそうだ?」
「いちばん強いのを使いましたが、まあもって、あと十分かそこらかと……思います」
 一見、うたた寝でもしているようだが、心臓は二時間ほど前、その動きを止めている。
 ただ寒さのせいなのか、死後硬直は一切始まっていなかった。
「たった十分か……ではすまないが、どうしたいかを、本人に聞いてきてもらえるか? もし一緒に戻るのなら、到着してすぐに、治療を始めなければならないと伝えてくれ……」
 そう言われ、もう一方が背を向けた時、
「ああ、それから、もしもここに残りたいということなら、もちろん、本人が望むのならだが、男に用意してあった残りを、彼女に使ってやったらどうだろう。起き上がるなんてのは無理だろうが、手を握るくらいなら、できるかもしれないしな……」
 男が剛志を見つめたままにそう言った。
 そんな言葉に、
 ――そうですね。
 という印象の顔つきを見せて、言われた方は小走りでマシンの方に戻っていった。
 マシンの中を覗き込むと、座席に包み込まれるように智子が横になっている。相変わらず目を閉じて、その格好にも変わりはないが、吐息はさっきまでとは段違いに滑らかだ。
 そんな智子に男は近づき、何事かを彼女の耳元で囁いた。
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