第7章  2013年 – 始まりから50年後 1 平成二十五年(11)

文字数 1,453文字

              1 平成二十五年(11)


 一条八重が行方不明。確かにどこかで大昔、智子とそんな話をした覚えがある。
 あれはいったい、いつ、どこでだったか? そんなことを考えていると、まだわからないのかといった顔を広瀬が向けて、
「わかりませんか? 先代がファンだった一条八重って占い師、実はね、岩倉さんなんですよ。つまり名井さんの現在の奥様、節子さんのことなんです」
 なんてことを言ってくる。
 一条八重とは、実は岩倉節子のことだった。
 そう聞いた瞬間、ちょっとした混乱が剛志の頭で起きるのだ。
 大昔、智子も一条八重のファンだった。
となれば、剛志だって智子と同じ年だから、どうしたって十以上は年上だということになる。しかし節子は剛志より二歳も下だ。
「いや、しかし、そんなことあるはずは……」
 思わずそう声にするが、次の瞬間、フッと脳裏に蘇った。
 ――違う! 俺は三十六歳のとき、昭和三十八年の、あの林に戻ってるんだ。
 二十年戻って同じ時代を生きたのだから、節子が二歳年下なら、あの時の彼女は三十四歳だったことになる。それに莫大な資産のことだって、広瀬の言葉通りなら……さもありなんって感じだろう。
 ――節子が、占い師をやっていた。それも、あの一条八重だったなんて……。
 あまりの驚きに、否定の言葉さえ出なかった。そんな剛志の驚きを知ってか知らずか、広瀬はほんの少しだけ間を空けてから、何もなかったように話を続ける。
「実はわたし、奥様の病気のことを、さっき初めて知ったんです。家内が偶然、今日病院に来てましてね、さっき奥様を、待合室で見かけたと言ってきたんですよ。それで患者さん専用の管理ネットワークで検索したら、岩倉さんのお名前が本当に出てきて、慌てて脳神経内科に問い合わせをしたんです。そうしたら、奥様が、アルツハイマー型認知症だと言われまして……」
 さらに今日は診察日ではないとも告げられ、広瀬はとにかく、一階にある一番大きな待合室にやって来た。するとタイミングよく剛志が立ち上がり、彼の目にもその姿が飛び込んだのだ。
 症状が進むと、どんどん赤ん坊のようになっていく。平常心でいるのが難しい出来事が増えていき、いずれは施設へ、ということになるのだろう。
 だからぜひ、それまでの間は、節子に優しくしてあげてほしい。広瀬は真剣な口調でそんな望みを声にして、さらにさらに、驚くべき事実を剛志に向けて告げるのだった。
「名井さんが、いや、今は岩倉さんなんですよね。岩倉さんが事故に遭われた時に、実は、救急車が向かった先はここじゃありませんでした。すべては節子さんの希望でして、うちの病院にとっても、ありがたい話ではあったんですが……」
 もともと顔見知りだった節子が病院を訪れたのは、剛志が事故に遭って三日後の朝だった。
 院長室に現れて、挨拶もそこそこに剛志の病状について話し始めた。
「あなたを、助けてくれって言うんですよ。事故に遭って目が覚めない。どんなことをしてでも救ってほしいと言って、わたしの父にものすごい金額を提示したんです。その金額自体は、あえてここでは申し上げませんが、とにかく目が覚めるまで、最高の治療を続けるという約束で、院長は彼女の申し出を受け入れました。正直当時は、うちはかなり厳しかったんですよ。だから渡りに船でお引き受けした。たとえ九年という長きにわたっても、彼女の申し出は、あの頃のうちにとっては救いの神だったんですよ」
 それで事故から一週間目、剛志は広瀬の病院に転院となった。
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