第7章 2013年 – 始まりから50年後 4 八年前の、あの日(2)
文字数 1,569文字
4 八年前の、あの日(2)
さらに依頼主の夫、岩倉剛志はどうなのか? もしも何も聞かされていなかったなら?
節子の依頼と告げても門前払いとなるかもしれない。そう思った彼は、昔、父親が愛用していた帽子やスーツを引っ張り出した。
父親ほどではなかったが、幸い彼もかなりの長身だから……、
「すみません。父の生前には、周りから父の若い頃にそっくりだと言われたものでして……」
父、英輔であるフリをして、以前会っていると剛志に告げる。そうすれば、きっと何か思い出すだろうし、その上で依頼人の名を出せば、話くらいは聞くだろう。
そう考えた息子、英一の思い通りに、剛志は彼を家の中に招き入れた。
そうしてきっと、ここからが彼の本題なのだ。穏やかな感じがスッと消え、真剣な眼差しを向けてくる。
「事実だけを、申し上げればです。わたしの父は、節子さまからあまりに様々な依頼を受けていました。それは、児玉剛志という学生への資金援助の手配から、あなたに新しい戸籍を用意したり、入院している間の財産管理に至るまで、それらは実際、弁護士という職務からかけ離れたものも多い。なのに、なのにです。あの堅物だった父が、そんな依頼を断りもせずに、なぜかすべてを引き受けている。そうして父の死後、奥様からの依頼を引き継いだ時には、奥様はすでにご病気になられていて、わたくしがすべきことは、もう、あと二つしか残されていませんでした」
就職するまで続いた資金援助までが、実は節子からのものだった。
これはけっこうな衝撃で、その後の話がぜんぜん頭に入ってこない。
そんな昔から、節子は剛志のことを見続けていた。そしてさらに、なんということか……、この時代で授けられた名井という名も、節子が用意してくれたんだと彼は言う。
――ということは、彼女は児玉剛志と、名井良明が同一人物だと知っていた?
ならば高校生の剛志への援助から、入院していた彼に、自分から接近してきたことだって筋だけは通る。
――だけど、いったいどうしてだ……?
節子こそが未来人で、剛志の行動をずっと前から見張っていた。そう考えれば何から何まで納得できるが、そうだったなら、彼女の話した昔話はなんなのか?
――施設に置いてきたっていう子供のことは、ぜんぶがぜんぶ作り話か?
――ちょっと待て、それじゃあ一条八重だったって、あの話はどうなんだ?
あっという間にここまで思って、思わず剛志は石川の顔を睨みつけた。
ところがそんな剛志を気にもせず、彼は背広の内ポケットから何かを取り出し、妙にゆっくりテーブルに置いた。
「これが、奥様からの遺言状です。基本、すべてご主人にお譲りになるということですが、今となってはもう、こんなもの必要ありませんよね。えっと、それからこっちが、やはり奥様が先にお亡くなりになった場合に、ご主人に渡してほしいとずいぶん昔に、奥様からわたくしの父がお預かりしていたものなのですが……」
実際には、節子は死んでなどいない。しかし剛志の年齢を考えてこうすることにしたと言い、彼は足元に置いてあった大きな革鞄を膝の上に置いた。
そしてそこから出てきたのが、初めて目にする節子の日記であったのだ。
「もし、お渡しできないままお亡くなりになった場合は、処分してほしいということでした。しかしこれでそうせずに済んで、わたしどももホッとしています」
そう言ってからは大した話もせずに、彼は程なくして帰っていった。
そうして剛志の前に、封筒が一つと、三冊の日記帳が残される。
剛志は最初、それがなんなのかをまるで知っていなかった。一番上に置かれていたのがボロボロの大学ノートで、まさかこれによって真実を教えられるとは想像すらしていない。
ところが表紙をめくった途端、剛志は一気にすべてを悟った。
さらに依頼主の夫、岩倉剛志はどうなのか? もしも何も聞かされていなかったなら?
節子の依頼と告げても門前払いとなるかもしれない。そう思った彼は、昔、父親が愛用していた帽子やスーツを引っ張り出した。
父親ほどではなかったが、幸い彼もかなりの長身だから……、
「すみません。父の生前には、周りから父の若い頃にそっくりだと言われたものでして……」
父、英輔であるフリをして、以前会っていると剛志に告げる。そうすれば、きっと何か思い出すだろうし、その上で依頼人の名を出せば、話くらいは聞くだろう。
そう考えた息子、英一の思い通りに、剛志は彼を家の中に招き入れた。
そうしてきっと、ここからが彼の本題なのだ。穏やかな感じがスッと消え、真剣な眼差しを向けてくる。
「事実だけを、申し上げればです。わたしの父は、節子さまからあまりに様々な依頼を受けていました。それは、児玉剛志という学生への資金援助の手配から、あなたに新しい戸籍を用意したり、入院している間の財産管理に至るまで、それらは実際、弁護士という職務からかけ離れたものも多い。なのに、なのにです。あの堅物だった父が、そんな依頼を断りもせずに、なぜかすべてを引き受けている。そうして父の死後、奥様からの依頼を引き継いだ時には、奥様はすでにご病気になられていて、わたくしがすべきことは、もう、あと二つしか残されていませんでした」
就職するまで続いた資金援助までが、実は節子からのものだった。
これはけっこうな衝撃で、その後の話がぜんぜん頭に入ってこない。
そんな昔から、節子は剛志のことを見続けていた。そしてさらに、なんということか……、この時代で授けられた名井という名も、節子が用意してくれたんだと彼は言う。
――ということは、彼女は児玉剛志と、名井良明が同一人物だと知っていた?
ならば高校生の剛志への援助から、入院していた彼に、自分から接近してきたことだって筋だけは通る。
――だけど、いったいどうしてだ……?
節子こそが未来人で、剛志の行動をずっと前から見張っていた。そう考えれば何から何まで納得できるが、そうだったなら、彼女の話した昔話はなんなのか?
――施設に置いてきたっていう子供のことは、ぜんぶがぜんぶ作り話か?
――ちょっと待て、それじゃあ一条八重だったって、あの話はどうなんだ?
あっという間にここまで思って、思わず剛志は石川の顔を睨みつけた。
ところがそんな剛志を気にもせず、彼は背広の内ポケットから何かを取り出し、妙にゆっくりテーブルに置いた。
「これが、奥様からの遺言状です。基本、すべてご主人にお譲りになるということですが、今となってはもう、こんなもの必要ありませんよね。えっと、それからこっちが、やはり奥様が先にお亡くなりになった場合に、ご主人に渡してほしいとずいぶん昔に、奥様からわたくしの父がお預かりしていたものなのですが……」
実際には、節子は死んでなどいない。しかし剛志の年齢を考えてこうすることにしたと言い、彼は足元に置いてあった大きな革鞄を膝の上に置いた。
そしてそこから出てきたのが、初めて目にする節子の日記であったのだ。
「もし、お渡しできないままお亡くなりになった場合は、処分してほしいということでした。しかしこれでそうせずに済んで、わたしどももホッとしています」
そう言ってからは大した話もせずに、彼は程なくして帰っていった。
そうして剛志の前に、封筒が一つと、三冊の日記帳が残される。
剛志は最初、それがなんなのかをまるで知っていなかった。一番上に置かれていたのがボロボロの大学ノートで、まさかこれによって真実を教えられるとは想像すらしていない。
ところが表紙をめくった途端、剛志は一気にすべてを悟った。