第8章 1945年 - 始まりの18年前 〜 6 火事(5)
文字数 1,053文字
6 火事(5)
その翌日、いつもよりかなり早い時間に、女性マネージャーから電話があった。
「テレビ、テレビ点けてください! 早く! 早く!」
受話器から響くそんな声に、智子は一度はこう返すのだ。
「テレビ点けろって、寝室にテレビなんてないの、あなただって知ってるでしょ!」
こんな強い言葉にいつもなら、気の弱いマネージャーは黙ってしまうことも多かった。
ところがこの時はそうじゃない。
「浅川さんですよ! 浅川さんが大変なんですって!」
さらに大きな声が響いて、そこでやっと何かあったんだと緊張感を覚える。
マネージャーはその後も何か言っていたが、智子は受話器を放って応接間に走り込んだ。テレビを点けて、画面が現れるなりチャンネルをガチャガチャと乱暴に変える。
ところが一向に、それらしい映像など出てこないのだ。
――何よ、浅川さんがどうしたっていうのよ!?
そんな苛つきに、再び寝室に戻ろうとした時だ。いきなりその名が響き渡った。
ちょうどニュース番組が終わるところで、アナウンサーが頭を下げながらの声だった。
「それでは、浅川隆文さんのご冥福を、心よりお祈りいたします……」
ギョッとして振り返った時には、もはや声の主は映っていない。
――ご冥福って、いったい何よ!
そんな思いとともに踵を返し、智子は慌てて寝室へ舞い戻った。
――お願い、繋がってて……。
そんな祈りが通じたのか、マネージャーは電話を切らずに待っている。そして彼女から事の顛末を耳にして、全身から一気に血の気が引いた。そうして数秒、起きてしまった事実を頭の中でなぞってやっと、人生最大の後悔が智子の全身を包み込んだ。
浅川が……死んだ。
泊まった旅館が全焼し、焼け跡から焼死体で発見される。
黒焦げになった手に社員証を握りしめ、そのおかげですぐに身元が判明したらしい。宿泊客は他にもいたが、彼以外は逃げ出して全員無事。二階一番奥の部屋にいたのが災いし、彼だけが一階へと続く階段途中で力尽きてしまった。
――嘘よ、そんなこと、大嘘だわ……。
つい何時間か前まで……一緒にいたのだ。
目を閉じれば、昨夜の温もりだって思い出せる。
――なのに彼が死んだ? そんなことが、あるはずないじゃない!
あの真新しい建物が、そうそう火事になんかなるものか?
そう思ってさらに、同じ名前の旅館があったのかもしれず、そんなところに同姓同名がいたってだけだ。祈るような気持ちでそう念じ、智子はマネージャーからの電話を切ると、そのまま浅川の勤め先へ電話をかけた。
その翌日、いつもよりかなり早い時間に、女性マネージャーから電話があった。
「テレビ、テレビ点けてください! 早く! 早く!」
受話器から響くそんな声に、智子は一度はこう返すのだ。
「テレビ点けろって、寝室にテレビなんてないの、あなただって知ってるでしょ!」
こんな強い言葉にいつもなら、気の弱いマネージャーは黙ってしまうことも多かった。
ところがこの時はそうじゃない。
「浅川さんですよ! 浅川さんが大変なんですって!」
さらに大きな声が響いて、そこでやっと何かあったんだと緊張感を覚える。
マネージャーはその後も何か言っていたが、智子は受話器を放って応接間に走り込んだ。テレビを点けて、画面が現れるなりチャンネルをガチャガチャと乱暴に変える。
ところが一向に、それらしい映像など出てこないのだ。
――何よ、浅川さんがどうしたっていうのよ!?
そんな苛つきに、再び寝室に戻ろうとした時だ。いきなりその名が響き渡った。
ちょうどニュース番組が終わるところで、アナウンサーが頭を下げながらの声だった。
「それでは、浅川隆文さんのご冥福を、心よりお祈りいたします……」
ギョッとして振り返った時には、もはや声の主は映っていない。
――ご冥福って、いったい何よ!
そんな思いとともに踵を返し、智子は慌てて寝室へ舞い戻った。
――お願い、繋がってて……。
そんな祈りが通じたのか、マネージャーは電話を切らずに待っている。そして彼女から事の顛末を耳にして、全身から一気に血の気が引いた。そうして数秒、起きてしまった事実を頭の中でなぞってやっと、人生最大の後悔が智子の全身を包み込んだ。
浅川が……死んだ。
泊まった旅館が全焼し、焼け跡から焼死体で発見される。
黒焦げになった手に社員証を握りしめ、そのおかげですぐに身元が判明したらしい。宿泊客は他にもいたが、彼以外は逃げ出して全員無事。二階一番奥の部屋にいたのが災いし、彼だけが一階へと続く階段途中で力尽きてしまった。
――嘘よ、そんなこと、大嘘だわ……。
つい何時間か前まで……一緒にいたのだ。
目を閉じれば、昨夜の温もりだって思い出せる。
――なのに彼が死んだ? そんなことが、あるはずないじゃない!
あの真新しい建物が、そうそう火事になんかなるものか?
そう思ってさらに、同じ名前の旅館があったのかもしれず、そんなところに同姓同名がいたってだけだ。祈るような気持ちでそう念じ、智子はマネージャーからの電話を切ると、そのまま浅川の勤め先へ電話をかけた。