第9章 1963年 プラスマイナス0 – 始まりの年 〜 1 覚醒(6)
文字数 1,460文字
1 覚醒(6)
二人は剛志の目覚めた翌年、昭和四十九年にめでたく入籍。そしてあっという間にあの昭和五十八年が近づいてくる。万が一忘れていたら困るので、若い方の剛志にはあの約束を思い出させるよう仕向けて、ホッとしたのもつかの間だ。
――あの人、まさか邪魔したりしないわよね?
三十六歳の彼が二十年前へ行かないように、何か手を打ったりしないだろうか?
智子は考えに考えて、あの日を跨いでのフランス旅行に誘ってみるが、思った通り剛志にまったくその気はなかった。
――彼はきっと、何かしようと思っている。
そんな剛志と同様に、智子だって旅行に行く気はさらさらないのだ。
やろうと思えば、過去の流れを断ち切ることだってできる。やって来る剛志へすべてを話したっていいし、門の前にガードマンの二、三人も配置して、あのチンピラたちを追い払うだけでいいのかもしれない。
ところがそんなことをしてしまえば、十六歳の智子は昭和二十年に行かなくなる。そうなれば岩倉と出会うこともないし、当然友子だって生まれてこない。
――そんなのダメよ!
智子はすぐにそう考えて、
――ごめん、ちょっと辛いこともあるけど、あなたなら、きっと頑張れるから……。
十六歳の智子に向けてそう念じつつ、友子のために何もしないと決めたのだった。
さらに剛志が何かしようとするなら、それをなんとしてでも阻止してみせる。そんな気配がちょっとでもあれば、「節子が重体だ」とでもなんでも知らせて、家から離れるよう仕向けると決めた。
もちろんそんなことにさえならなければ、二人の剛志から見つからない場所で、ただ見届けようとしたのだが、
――まったく! あの人はどうして、こう事故にばっかり遭っちゃうのよ!
乗り慣れない自転車に乗って、今度は軽トラックとの接触事故だ。
この時もすぐ、監視役から連絡があり、彼が何をしていたのかもすぐ知れる。だから何よりもまず、農協で知り合った大地主の老婆、藤間ももこに電話をかけた。
必死に自分は誰かを話して聞かせ、大慌てで事の次第を説明する。
「あれま、あの男があんたの亭主なのかい? それで、あの後事故に? あら、そりゃあ参ったね……」
それから老婆は剛志が望んだすべてを口にして、ちょっと間を空けた後、まるで独り言のように呟いた。
「百万損したっていいというんだから、あと二十万くらい、損が増えたからってどうってことないだろうさ」
「あの、二十万って……?」
「いや、なんでもないんだよ。まああれだ、おたくのご亭主が元気になったら、奥さんから伝えてもらおうかね……。二十万は、まあ手数料だったって、伝えておくれよ」
そう言った後、「もういいかい?」とだけ言って、老婆は返事も聞かずに電話を切ってしまうのだった。
五百万渡して、古い紙幣ばかりの四百万と交換する。そうする理由は明らかで、こうなってしまえばその意思を引き継ぐしかない。半壊した自転車と紙幣の束が届けられると、智子はすぐに入れる袋を探し始めた。
あの時代、どんな袋なら怪しまれないか?
それでいて、多少のことでは破れたりしないやつだ。そう考えて思い浮かんだのは、どこかのブランドショップで貰った革製の巾着袋。
――あれは、どこに置いたろう……?
真っ先に思い当たるのは、意味もなくだだっ広く作ったクローゼット。当分使いそうもないものは、だいたいがここに放り込んである。そうして思った通りにそれはあって、智子は金を押し込んだ袋を手にして、ドキドキしながらマシンの階段を上がっていった。
二人は剛志の目覚めた翌年、昭和四十九年にめでたく入籍。そしてあっという間にあの昭和五十八年が近づいてくる。万が一忘れていたら困るので、若い方の剛志にはあの約束を思い出させるよう仕向けて、ホッとしたのもつかの間だ。
――あの人、まさか邪魔したりしないわよね?
三十六歳の彼が二十年前へ行かないように、何か手を打ったりしないだろうか?
智子は考えに考えて、あの日を跨いでのフランス旅行に誘ってみるが、思った通り剛志にまったくその気はなかった。
――彼はきっと、何かしようと思っている。
そんな剛志と同様に、智子だって旅行に行く気はさらさらないのだ。
やろうと思えば、過去の流れを断ち切ることだってできる。やって来る剛志へすべてを話したっていいし、門の前にガードマンの二、三人も配置して、あのチンピラたちを追い払うだけでいいのかもしれない。
ところがそんなことをしてしまえば、十六歳の智子は昭和二十年に行かなくなる。そうなれば岩倉と出会うこともないし、当然友子だって生まれてこない。
――そんなのダメよ!
智子はすぐにそう考えて、
――ごめん、ちょっと辛いこともあるけど、あなたなら、きっと頑張れるから……。
十六歳の智子に向けてそう念じつつ、友子のために何もしないと決めたのだった。
さらに剛志が何かしようとするなら、それをなんとしてでも阻止してみせる。そんな気配がちょっとでもあれば、「節子が重体だ」とでもなんでも知らせて、家から離れるよう仕向けると決めた。
もちろんそんなことにさえならなければ、二人の剛志から見つからない場所で、ただ見届けようとしたのだが、
――まったく! あの人はどうして、こう事故にばっかり遭っちゃうのよ!
乗り慣れない自転車に乗って、今度は軽トラックとの接触事故だ。
この時もすぐ、監視役から連絡があり、彼が何をしていたのかもすぐ知れる。だから何よりもまず、農協で知り合った大地主の老婆、藤間ももこに電話をかけた。
必死に自分は誰かを話して聞かせ、大慌てで事の次第を説明する。
「あれま、あの男があんたの亭主なのかい? それで、あの後事故に? あら、そりゃあ参ったね……」
それから老婆は剛志が望んだすべてを口にして、ちょっと間を空けた後、まるで独り言のように呟いた。
「百万損したっていいというんだから、あと二十万くらい、損が増えたからってどうってことないだろうさ」
「あの、二十万って……?」
「いや、なんでもないんだよ。まああれだ、おたくのご亭主が元気になったら、奥さんから伝えてもらおうかね……。二十万は、まあ手数料だったって、伝えておくれよ」
そう言った後、「もういいかい?」とだけ言って、老婆は返事も聞かずに電話を切ってしまうのだった。
五百万渡して、古い紙幣ばかりの四百万と交換する。そうする理由は明らかで、こうなってしまえばその意思を引き継ぐしかない。半壊した自転車と紙幣の束が届けられると、智子はすぐに入れる袋を探し始めた。
あの時代、どんな袋なら怪しまれないか?
それでいて、多少のことでは破れたりしないやつだ。そう考えて思い浮かんだのは、どこかのブランドショップで貰った革製の巾着袋。
――あれは、どこに置いたろう……?
真っ先に思い当たるのは、意味もなくだだっ広く作ったクローゼット。当分使いそうもないものは、だいたいがここに放り込んである。そうして思った通りにそれはあって、智子は金を押し込んだ袋を手にして、ドキドキしながらマシンの階段を上がっていった。