第4章  1963年 - すべての始まり 〜 6 剛志の勝負(2) 

文字数 1,381文字

              6 剛志の勝負(2)



 剛志が働いていたアパレル産業は、けっして潰しが利くような業界ではない。
元いた時代では、DCブランドこそ注目され始めていたが、どちらかと言えば衰退期に向かい始めた業界だろう。しかしこの世界では、まったくもって事情が違った。
 昭和三十四年にレナウンが、業界で初めてテレビCMを放送する。そしてその数年後、まさしく剛志がいるこの年に、プレタポルテ時代が到来したと言われていた。この年から女性の既製服率が一気に上昇。それとともに、アパレル企業や婦人服専門店などが急成長していったのだ。
 ――この時代なら、上手くいくかもしれないぞ……。
 そう考えつつも、まったく新しいものは生み出せないと思う。ただ過去に流行ったトレンドについては、今でもしっかり頭の中に入っていた。ただしそんな記憶は会社に入ってからがほとんどで、今いる時代についてはかなり怪しい感じとなるのだ。
 それでも、何かあるはずだ。そう必死に考えて、彼はミニ丈のスカート一本で勝負をしようと決めるのだった。
もちろんそれ以外にも、アイビーやタートルが流行したなんて記憶もあった。ところがその時期自体がはっきりしない。ところが一方、若き日に流行ったミニスカートだけは、その時代も鮮明に記憶の中にあったのだ。
 暑い夏の日、まだパンティストッキングなど発売される前だから、スカートから伸びる生足にドキドキしたのを覚えている。
そしてこの時代に来てからも、ミニスカート姿の女性を一度も見かけていなかった。
 きっと流行り出したのは、東京オリンピックが開催された年。剛志の記憶が正しければ、来年の秋から冬にミニスカートは流行する。となればそんなに時間は残されておらず、彼は慌てて元の時代で付き合いのあった婦人服メーカーを訪ねるのだ。
 ところがだ。一代で築き上げた大きなビルが、そこには影も形も見当たらない。
「ミニスカートが大当たりしてね、おかげでその翌年、ここに今のビルを建てたんだ。とにかく飛ぶように売れたんだよ。お宅の店でサークルハンガーにぎゅうぎゅう詰めても、あっという間に空になっちゃう。あの頃、値入れが下がってキツかったけど、あれはなんといっても生地が少なくて済むからね、当然だけど利益もでかい。だからもしもあのヒットがなかったら、自社ビルどころか、会社自体がどうなっていたかわからんだろうなあ……」
 そこの社長が酔うたびに、剛志に向かってそんな話をしてくれた。
 だからこそ、この企画を持ち込もうと思ったのだ。しかしよくよく考えてみれば、ミニスカートのヒット前にビルが建っているはずがない。
 ――ミニスカートどころか、小柳さんはまだサラリーマンじゃないか……。
 ミニスカートが流行する少し前だ。社長だった小柳氏は、脱サラして小さなアパレル会社を立ち上げた。そして剛志が出会った頃には、大きな会社の社長として六十歳になっている。
さらに彼が会社を立ち上げた場所を、幸い剛志も本人から聞いて知っていた。
 小柳の家は千駄ヶ谷と原宿の中間辺りにあって、ごく一般的な住まいの割に庭だけがやたらと広かった。そんな住まいに剛志も何度か招かれていて、
「ほら、庭の奥に小さな小屋があるだろう? あそこが、俺の会社の原点だ」
 小柳社長が指差す先に、掘っ立て小屋のような建物がポツンとあった。
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