第5章  1973年 プラス10 - 始まりから10年後 〜 2 岩倉節子(6)

文字数 864文字

                  2 岩倉節子(6)


 ――こんなにも、違うものなんだな……。
 自分でも驚くくらい、節子の存在によって頑張る気になれる。
 あの頃、高校生になったばかりの彼の周りには、そんな存在がきっとたくさんあったのだ。
 両親や智子はもちろん、嫌っていたあの常連客たちだって、気づいていないだけで剛志の頼もしい味方だった。そして今、まさに天涯孤独の身となって、幸運にも節子という女性が彼の前に現れた。
さらに彼女はきっと、リハビリのスケジュールを事前に調べていたのだろう。
「さあ、今日はどのくらい歩けるかしら~」
 リハビリの時間が近づくと、そんな声が響いて節子が病室に現れるのだ。倒れ込む剛志を心配そうに見つめながら、いつも最後までリハビリルームに居続ける。
 そうしていつしか二人のことを、周りは夫婦なんだろうと思い始めた。
「奥さん! ご主人、とうとうやりましたよ!」
 節子がトイレから戻ってくると、よく顔を合わす老人が突然そんな声をあげたのだ。
 節子のそばに走り寄り、介助なしで十メートル歩けたとニコニコ顔を見せてくる。
 するとすかさず節子の方も、
「あなた! もうひと踏ん張り、次はそのまま往復よ!」
 なんてことを言って返すもんだから、ますますそう思われたって仕方がない。
 ただそんなわけで、二人の仲はあっという間に病院中に知れ渡った。
 もちろん二人の間に何かがあったわけではない。それどころか実際剛志は、節子がどこに住んでいるかさえ知らなかった。だからたった一度だけ、尋ねたことはあったのだった。
「住まいはホント、ここの近所なんです。そうね、ゆっくり歩いて三十分くらいかしら……」
 そう言って返す節子に、剛志はあえてそれ以上を尋ねなかった。
それでも病院までが三十分なら、玉川までは行けないだろうが、剛志の暮らした町からだってそうは離れていないだろう。
 ただとにかく、そんな微妙な感じのまま、二人の関係は平穏無事に続いていく。そうして目覚めてから四ヶ月と十日目、七月二十日にめでたく退院の日を迎えることができた。
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