第2章 1983年 – 始まりから20年後......6 二十年前の約束

文字数 1,731文字

             6 二十年前の約束

 きっとどこかに、防犯カメラが付いている。
 門の前に立ったのが何者であれ、その姿を監視できるようになっているはずだ。
 剛志は約束の時間ぴったりに呼び鈴を鳴らし、手にしている紙袋の中には、普段なら近寄りもしない高級メロン二つが収まっている。
 きっと、そんな姿の剛志が、二日前にあった電話の主だとわかったのだ。呼び鈴を鳴らしてふた呼吸したかどうかで、馬車でも飛び出してきそうに思える門がガタンと鳴った。
 驚いて半歩飛び退くと、鋼と木材を組み合わせた左右の門扉が開き始める。そこから目に飛び込んできた光景は、映像や写真でしかお目にかかったことがないものだ。
 日本風ではあるのだが、西洋の景観に合わないかといえばそうでもない。まさしく和洋折衷という建物で、土地の広さからすればこぢんまりという印象もないではないが、それでもそうそう目にできない豪邸だ。
 門から向かって右手には、林だった頃を思い出させる木々が植えられている。その反対側は手入れの行き届いた美しい庭と、家庭菜園には広すぎる畑が広がっていた。
 そしてその間を、舗装された道が一直線に玄関扉まで続いている。
 あの時、あいつは確かに、剛志に向けてこう言ったのだ。
 ――彼女のために必ず……必ずだぞ……お願いだ……。
 それが伊藤の最期の言葉で、彼女とはもちろん、桐島智子以外の何者でもない。
 だからここからが本当の勝負と腹に据え、剛志は重厚感溢れる玄関扉の前に立った。
 そこで今一度、自分の立ち姿を確認する。金持ちがすべて気難しいとは限らないが、とにかく少しでも悪い印象を与えたくなかった。だからベーシックな紺色のスーツに、最近では滅多に着ることのない白のワイシャツを選んで着ていた。
 さらに途中散髪屋にも寄って、長めだった髪の毛もばっさり切った。あとは相手に不信感を抱かれないよう、言葉と態度に気をつけるだけだ。
 そんな思いでいっぱいだった剛志の前に、男はあまりに緊張感なく現れる。
「どうぞ、鍵は開いてますから……」
 そんなのが不意に聞こえて、剛志は慌てて声のした方に目を向けた。
 すると扉の上部からビデオカメラがこちらを向いて、その脇にスピーカーらしきものが付いている。彼は言われるまま取っ手をつかみ、一度は手前に引きかけた。ところがまるで動かない。
 ――開いてないのか?
 そう思いながら、何気なく取っ手を押したのだ。するとガチャっと音がして、ほんの少しだけ扉が開いた。
 ――へえ、内向きなんだ……。
 珍しいな、と思いながら、彼はゆっくり扉を押し開いていった。
 ――どこからどこまでが、玄関なんだよ?
 ちょっとしたホテルのロビーのような空間があり、中は思った以上に西洋風の造りに見えた。
 左奥の壁伝いに二階へ続く階段があって、きっと名画であろう絵画がずらっと上まで飾られている。そこを、一人の男が下りてきた。まるでこっちには目を向けず、階段から一直線に剛志の方に近づいてくる。
 となればきっと、彼が屋敷の主人、岩倉氏に違いない。そう思って軽く頭を下げたのだ。
 ところがなんの反応もない。顔を見ようともしないまま、剛志の前を通り過ぎる瞬間「こちらへどうぞ……」とだけ声にした。
 もしもこの時、右手が前方に差し出されていなければ、その言葉の意味を知るのにしばらく時間がかかったかもしれない。
 ただとにかく、身構えていた剛志は呆気に取られ、出かかっていた挨拶の言葉を呑み込んだ。そして慌てて岩倉氏の後を追ったのだった。
 その行き先は広々としたリビングで、岩倉氏に促されるままソファーに座る。手みやげを差し出し、突然の来訪をここぞとばかり丁寧に詫びた。
 そうしていよいよ、本題を切り出そうとした時だ。
まるで降って湧いたように尿意が一気に押し寄せる。
 天気もよく、二月とは思えないくらいのポカポカ陽気なのに、それはあまりに強烈なるものだった。さらに何より、このままの状態では落ち着いて話ができそうもない。
「すみません、先にお手洗いをお借りしても、よろしいでしょうか?」
 だから思い切ってそう声にしたのだ。
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