第8章 1945年 - 始まりの18年前 〜 6 火事(2)
文字数 1,254文字
6 火事(2)
あの夜、浅川にプロポーズされた時、智子は不意に福井地震のことを思い出した。だから下手な嘘などつかないで、不思議な記憶についても彼に話していったのだった。
もちろん浅川は半信半疑だ。
というより、その時点では信じてなどいなかったろう。
それでも智子の必死な頼みに、帰省だけは一日遅らせると約束してくれた。
本当は、家族を福井市から遠ざけるようにも頼んだのだ。しかし電報でどう知らせても、向こうが信じやしないと言われて諦めた。
そして次の日の夕方、智子の記憶通りに福井地震は発生する。その一週間後、浅川の家族は全員無事だったと彼のもとにも電報が入った。
そんなことから浅川の興味は、智子の記憶に移ってしまった。会うたびに未来のことを聞きたがり、終いには新聞に掲載したいとまで言ってくる。
そうして新聞コラムが注目されると、あっという間にラジオや雑誌でも引っぱりだこだ。
もちろん、否定的な言葉を並べ立てるマスコミもいた。それでも街頭テレビが現れる頃には、あまりの美貌に彼女の人気はうなぎのぼりとなっていく。
さらにコラムが連載になったのを機に、智子はそれまでの仕事をピタッと辞める。濃いめの化粧はそのままに、ボリュームあるカツラを被って神秘的な雰囲気を装った。
それだけで、ちょっと見ただけでは智子だなんてわからない。
そうしておいて、服装だけは上品なものを身につけるよう心がけた。さらにちょうどその頃、施設へ娘を迎えに行くが、我が子の幸せを考え身を引く決意をするのだった。
それから智子は、ただやみくもに働き続けた。
有名であり続ければ、娘はいつか自分のことを知ってくれる。もしかしたらファンになって、会いに来ることだってあるかもしれない。そんなことを思い描いて、与えられた仕事を日々一生懸命こなしていった。
そして昭和三十四年の夏、ずいぶん久しぶりに浅川のことを呼び出したのだ。
一条八重として有名になってからというもの、彼は一切連絡してこなくなっていた。
単に興味がなくなったのか、それとも一条八重という名に気を遣ったか?
どちらにせよ、それは八年ぶりとなる再会だった。
「あら、ご結婚なさったの? 言ってくだされば、披露宴くらい駆けつけたのに……」
「いやいや、披露宴なんてしてませんよ。近所にある町会の会館で、地味にお披露目をしたくらいでね。そんなところに、一条さんみたいに有名な方がいらしたら、それはもう大騒ぎになっちゃいますから……」
顔を合わすなりの智子の言葉に、浅川は慌てることなくそんなことを言って返した。
特に意識していたわけじゃない。それでもなぜか、まだこの頃珍しい結婚指輪にすぐ気づいたし、実際その前日には、結婚しているだろうか? と、気になっていたのも事実だった。
しかし浅川も今年で三十九歳。結婚して子供がいたって当たり前だ。
それにそもそも、そんなことを知るためにわざわざ呼び出したわけじゃない。だから様々な思いが交錯する中、挨拶もそこそこに智子は本題を切り出した。
あの夜、浅川にプロポーズされた時、智子は不意に福井地震のことを思い出した。だから下手な嘘などつかないで、不思議な記憶についても彼に話していったのだった。
もちろん浅川は半信半疑だ。
というより、その時点では信じてなどいなかったろう。
それでも智子の必死な頼みに、帰省だけは一日遅らせると約束してくれた。
本当は、家族を福井市から遠ざけるようにも頼んだのだ。しかし電報でどう知らせても、向こうが信じやしないと言われて諦めた。
そして次の日の夕方、智子の記憶通りに福井地震は発生する。その一週間後、浅川の家族は全員無事だったと彼のもとにも電報が入った。
そんなことから浅川の興味は、智子の記憶に移ってしまった。会うたびに未来のことを聞きたがり、終いには新聞に掲載したいとまで言ってくる。
そうして新聞コラムが注目されると、あっという間にラジオや雑誌でも引っぱりだこだ。
もちろん、否定的な言葉を並べ立てるマスコミもいた。それでも街頭テレビが現れる頃には、あまりの美貌に彼女の人気はうなぎのぼりとなっていく。
さらにコラムが連載になったのを機に、智子はそれまでの仕事をピタッと辞める。濃いめの化粧はそのままに、ボリュームあるカツラを被って神秘的な雰囲気を装った。
それだけで、ちょっと見ただけでは智子だなんてわからない。
そうしておいて、服装だけは上品なものを身につけるよう心がけた。さらにちょうどその頃、施設へ娘を迎えに行くが、我が子の幸せを考え身を引く決意をするのだった。
それから智子は、ただやみくもに働き続けた。
有名であり続ければ、娘はいつか自分のことを知ってくれる。もしかしたらファンになって、会いに来ることだってあるかもしれない。そんなことを思い描いて、与えられた仕事を日々一生懸命こなしていった。
そして昭和三十四年の夏、ずいぶん久しぶりに浅川のことを呼び出したのだ。
一条八重として有名になってからというもの、彼は一切連絡してこなくなっていた。
単に興味がなくなったのか、それとも一条八重という名に気を遣ったか?
どちらにせよ、それは八年ぶりとなる再会だった。
「あら、ご結婚なさったの? 言ってくだされば、披露宴くらい駆けつけたのに……」
「いやいや、披露宴なんてしてませんよ。近所にある町会の会館で、地味にお披露目をしたくらいでね。そんなところに、一条さんみたいに有名な方がいらしたら、それはもう大騒ぎになっちゃいますから……」
顔を合わすなりの智子の言葉に、浅川は慌てることなくそんなことを言って返した。
特に意識していたわけじゃない。それでもなぜか、まだこの頃珍しい結婚指輪にすぐ気づいたし、実際その前日には、結婚しているだろうか? と、気になっていたのも事実だった。
しかし浅川も今年で三十九歳。結婚して子供がいたって当たり前だ。
それにそもそも、そんなことを知るためにわざわざ呼び出したわけじゃない。だから様々な思いが交錯する中、挨拶もそこそこに智子は本題を切り出した。