第6章  1983年 – 始まりから20年後 〜1 髭と眼鏡と……真実と(4)

文字数 1,378文字

              1 髭と眼鏡と……真実と(4)


「実は名井さん、わたしはあなたのことをずっと探していたんですよ。どうしても一度お目にかかりたくて、あなたの住んでいた世田谷のアパートを見つけましたが、そこにはもう、あなたは住んでいなかった」
 きっとその時にはすでに、剛志は病院に担ぎ込まれていたのだろう。
 それからの短い間、飲み物が運ばれてくるまでに剛志は何度も衝撃を受けた。
 彼はそこで改めて自己紹介し、続けて亡くなったという兄について話し出した。そしてその人物こそが、剛志の記憶にある酒の弱い方、だったのだ。
「兄は、あなたの企画したミニスカートを、一万着以上生産していたんです」
「どうして……そんな量を?」
「きっと、絶対に売れると信じていたのでしょう。ところがまるで売れなかった。あなたがお辞めになった後、彼なりにいろんなところに売り込んではいたようです。しかしどの小売店も、あんな短いスカートが売れるなんて思ってはくれない。それはそうですよね。膝小僧なんて丸出しで、身長によってはさらにその上だって出てしまうんだから……」
 ところがある日、突然銀座のデパートから電話が入ったらしいのだ。
「兄はね、取引先に自宅の番号を伝えていたんです。たまたま家にいたわたしが電話に出ましてね、サイズは他にあるかって言うんで、わたしは事実を正直に伝えたんですよ。そうしたら、各色各サイズ十着ずつ送れって言ってくる。まあその時は、正直半信半疑でしたよ。まさか、いたずら電話か? なんてことまで考えましたから……」
 もちろん、いたずらなどではなかった。さらにそれから一年ほどの間に、有名どころのメーカーが次々とミニスカートを扱い始める。
「最初はね、発送を工場で対応していたんです。ああ、そうそう、実はわたしの叔父が福島で縫製工場をやっていましてね、兄はそこに縫製の発注をしていたんです。だから受注した叔父が怒っちゃって大変でしたよ。工場に積み上げられた製品の写真を送りつけて、いつまで預かっていればいいんだってカンカンでした。兄は叔父に生地屋から直接生地を買わせていたんで、その支払いだってけっこうな額になりますから、まあ当然といえば当然ですよね」
 そこまでは、目の前のグラスを見つめながらの声だった。
 ところが急に顔を上げ、剛志の顔をじっと見つめた。
「だけどそんな時、いきなり銀座から追加注文が入って、それから徐々に、他からも新規の注文が入り出すんです。きっとね、名井さんが最初に売り込んだ場所がよかったんでしょう。なんと言っても銀座ですからね、日本中の業界人が注目している。そしてなんたって、あの有名な歌手があれを着てテレビで歌ってくれて、それがもう、まさに決定打でしたよ……」
 ミニスカートはあっという間にブームとなって、当然その頃には他社からも、似たようなスカートが次々と発売された。
「そのおかげで、叔父の工場は大きくなりましたし、わたしも兄の会社を復活させて、まあなんとか……今日に至っているというわけです」
 それもこれもミニスカートのおかげだと、彼は何度も頭を下げて、剛志の両手を握りしめた。
 この男こそ、元の時代で世話になっていた小柳社長だったのだ。
会社を立ち上げたのは兄の方で、さらに噂にあったように、倒産のショックで失踪したなんて話も嘘っぱちだ。
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