第7章  2013年 – 始まりから50年後 3 あの日とその日(2)

文字数 1,267文字

              3 あの日とその日(2)


 そこは、二子玉川方面にあるできたばかりの特別養護老人ホーム。個室も広々としてなんといっても綺麗だった。しかし入所してから三年目、やはりそこでもダメになる。
 そうなると、残されるのは長期療養型病院だ。ここは病院と呼ぶだけあって、医療サービスだけは充実している。ただし、率先して回復への治療を行わないから、入居者は重篤な患者がほとんどで、何もなければ一日ベッドの上にただ寝かされる。
 それでもそんな施設のおかげで、節子は今日まで生きてこられた。そしてまた三月十日という日を迎えて、剛志はいつも同様、彼女を自宅に連れ帰るのだ。
 正直この行為の結果、どんな展開が待ち受けているかはわからない。
生きる屍のようになってしまった節子にとって、これが本当に意味あるものになるのかどうか?
 ――それでも、やってみる価値はあるだろう……? なあ、節子……。
 瞬きさえ滅多にしない節子へ、剛志はこれまで何度も心でそう問いかけた。
 そうして今年、剛志はとうとう九十歳を迎える。
 そんな年齢で、あと何年こうできるのか?
 もちろん明日にでも、どちらかがあの世に旅立つかもしれない。
 しかしもしも、もしかしたらだが、こんな数奇な運命を授かった結末に、さらなるどんでん返しが待っていたっていいだろう。そんなことを思うようになったのは、やはりあの日、突然やって来たあの男のせいだった。
 彼から渡された日記を読んで、いかに自分が何も知らずにいたかを知った。
途切れたと……思っていた過去には続きがあって、その先に、ちゃんと存在した事実が今も彼を突き動かしている。

 すべてが、「あの日」から始まったのだ。
そしてそれからずっと、「その日」がやって来るのを今か今かと待ち受けている。
だから八回目となる今日という日も、ただただ待っているだけだ。
 今、剛志のいるテラスから、以前と変わらず庭全体が見渡せた。しかし東側にあった畑は消え去って、ただの更地になっている。
 もしこの瞬間、以前の屋敷を知る人物がいれば、室内の閑散とした光景に驚きの声を上げるだろう。
引っ越しでもするのか? そう思うくらいに物が減り、飾ってあった絵画などもきれいさっぱりなくなっている。リビングもその例外ではなく、かろうじてソファーセットはあるが、それ以外の家具や装飾品の類は一切置かれていなかった。
 そんな殺風景なリビングを背にして、剛志は節子と一緒にテラスにいる。
 何度も何度も庭を眺めて、その都度、節子の状態に目を向けるのだ。
万一抱きかかえても寒くないようジャンパーを着せ、さらにその上から厚手の毛布を掛けてあった。
 そんな節子の隣に椅子を置き、さらに備え付けの丸テーブルを持ってくる。その上に三冊の日記帳を並べ置いて、毎年そのうちの一冊を読み始めるのだ。そうしてそろそろ二冊目へというところで、いつも決まって帰りの支度を始める時刻となった。
 三冊のうちの一冊は、市販の日記帳ではなく丸善の大学ノート。
 それを譲り受けた時、ノートはすでにボロボロだ。
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