第6章  1983年 – 始まりから20年後 〜 3 革の袋(14)

文字数 766文字

                  3 革の袋(14)


 きっと、ミニスカートどころではなかったろう。生きていくだけで大変で、あんなアパートだって借りられたかどうか……?
 ということなら、あんな事故にだって遭っていないんじゃないか?
 ――俺は節子と、出会えてたのか?
 様々な疑念が渦を巻くが、この瞬間まだ、剛志は慣れ親しんだ庭にいて、中では節子が剛志の戻りをイライラしながら待っている。これは紛れもない現実で、いつもと変わらぬ日常だ。
 ――本当に、何も変わっていないのか?
 そう思って辺りをグルっと見回した瞬間、すぐに何かがおかしいと気がついた。
 節子が家の中に入ってから、少なくとも十分以上は経っている。きっと普段の彼女なら、今頃どこかの窓から顔を出し、とっくに何か言ってきたっていいはずだ。
 それなのに、すべての窓は閉じられたまま……。
「ちょっと、待ってくれ、やめてくれよ……」
 剛志は思わずそう呟いて、その場で一気に動けなくなった。
 たとえ今、三十六歳になった智子が現れても、それは節子の代わりにはなり得ない。
 もちろん剛志にとって、智子は今でも大事な存在には違いないのだ。元の時代で幸せになってほしいし、叶うならいつの日かもう一度、きちんと会って話がしたいと思っている。
 けれどそれは、五十六となった剛志にとって、昔懐かしい想いからくるものなのだ。
 これからの人生一緒に過ごしたい――などというものでは決してないし、まして十六歳のままの智子であればなおさらだ。
 この十年、節子と過ごした時間が大事で、彼女を失ってしまうことこそ、剛志の一番恐れていたことだ。
「節子!」
 彼は思わずその場で叫んだ。
 妻の名前を声にしながら、玄関目指して一目散に走り出す。玄関扉を押し開き、剛志は声を限りに叫ぶのだった。
「節子! 行かないでくれ!」
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