第7章  2013年 – 始まりから50年後 2 すべては、書庫と日記から(3)

文字数 1,286文字

            2 すべては、書庫と日記から……(3)


 そうしていつしか節子の方も諦めて、あれがいいこれがいいと勧めることはなくなった。
 だから書庫は彼女の部屋そのもの。日記があるならここしかないと、彼は案外すぐに見つかるだろうなどと考えていた。ところがそうは問屋が卸さない。
四方を本に囲まれた二十畳のスペース中央に、ソファーが向かい合わせに置かれている。ちょっとしたテーブルもあったりして、いわゆる書斎と言ってもいいくらいの空間だ。
 しかしいざ来てみれば、日記を隠しておく場所がほとんどない。
 引き出しなんかはあっという間に調べ終わって、本棚の奥にもさんざん手を差し入れた。しかし指に触れるのは微かに積もった塵だけで、そこは見事に本だらけの場所なのだ。
 だからすぐに書庫を出て、剛志は思いつくところを探し回った。
 終いには、ベッドの下まで覗き込むが、結局日記は出てこない。
 剛志は思いの外くたくたになって、最初に探し始めた書庫へと舞い戻るのだ。年齢を痛烈に感じながら、ソファーにドシンと腰を下ろした。その時ちょうど正面に、節子一押しの書物が並んでいるのが目に入る。絶対的なオススメよ! そう言っていた本がズラッとあって、
 ――やっぱりさっきのは、俺の勘違い、だったんだな……。
 などと思うと同時に、
 ――節子すまん、あれぜんぶ読むなんて、やっぱり俺には、ぜったい無理だよ……。
 たとえ短編ものであっても、きっと最後までは無理だろう。そんなことを考えて、正面の本棚全体に目を向けた時だった。
 ――あれ?
 ちょっとした違和感を覚えて、剛志は慌てて背もたれから背中を浮かした。
 節子がお勧めだと言った棚が、明らかに他のところと違っている。もちろん背表紙にある題名なんかは様々だ。文字の大きさや字体だって違うから、それらはどう見たって別々の書物。
きっと様々なジャンルが混在しているのだろう。そんなことだってわかるくらいに、みんなしっかり別々に見える……が、どう考えても不自然なのは、それらが不思議に同じ大きさだということだ。
その棚以外はみなバラバラで、厚さはもちろん、そのサイズ自体が少しずつ違う。
 ――なのにどうして、ここだけみんな一緒なんだ?
 そんな疑念に突き動かされ、剛志は正面の棚に向かって近づいていった。そうして近くに寄れば寄るほど、それらが見事なまでに均一に見える。
 彼は右端にあった一冊を抜き取り、まずはその題名を記憶に刻んだ。それは剛志も知っている小説で、映画にもなっている有名な作品、ジミーPの「永遠の詩」だ。
表紙を捲れば〝見返し〟で、その次の〝扉〟にも再び本のタイトルがある。
 剛志にもそのくらいの覚えはあって、その本にも確かに見返しだけはあったのだ。
 ところが次のページにタイトルはなく、そこを目にした途端、剛志は呆気にとられて呼吸をするのも忘れてしまった。
 じっと数秒、手にあるものをただただ見つめる。それから二冊、三冊と棚から書物を抜き取って、題名も見ないままカバージャケットを剥がし取った。
 ――なんだよ、これ……。
 カバーが違うだけだった。
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