第9章  1963年 プラスマイナス0 – 始まりの年 〜 1 覚醒

文字数 1,265文字

     第9章  1963年 プラスマイナス0 – 始まりの年 

       昭和二十年に行ってしまった智子は記憶を失いながらも、
           助けてもらった男の家で働き始め、
          その時代で生き抜く術を身につけていく。
         岩倉友一との出会いと別れ、そして妊娠。
          さらに浅川という新聞記者に勧められ、
            始めたエッセイが大評判となり、
         彼女は一条八重として有名人となっていた。



 1 覚醒

 浅川隆文が亡くなった次の朝、智子はすべてを思い出した。
 実際のところ、どうしてそうなったかはわからない。少なくとも、久しぶりに男に抱かれたからじゃないだろう。
 浅川が死んでしまったというショックからか……。
 さらには彼の死が、火事によるものだったことが大きかったに違いない。
 そしてそれから、日に日に強く感じるようになったのは、彼を失ったショックが想像以上に大きかったということだ。
 それでは、彼を本当に愛していたのか?
 正直そこだけは、いくら考えてもはっきりしない。
 だいたい十年近く、ずっと会っていなかったのだ。台風のことさえ思い出さなければ、一生会わないままだったのかもしれない。ただそれでも、この時代で先行きの見えない頃、いつも何かと相談に乗ってくれた。
 あんな商売をしていたというのに、結婚しようとまで言ってくれたのだから、それなりに想いが残っていたって不思議じゃない。
 さらに彼は最後の最後で、またもや智子にプレゼントを残してくれた。彼の衝撃的な死によって、新たな希望を見つけることができたのだ。
 始まりは、昭和三十八年の三月九日。気づけば二十年後の未来にいて、そこに三十六歳になった児玉剛志が現れた。そしてまた、昭和三十四年である今から、三年と半年後には同じ日がやって来る。十六で経験したことがまた起きて、その時にも、岩倉節子となった自分がこの時代のどこかにいる。となれば……、
 ――今この瞬間にも、中学生のわたしがこの世界にいるってことだ。
 当然、同じ歳の剛志だっているはずだろう。
 ――それにしても……。
 記憶が戻って、両親や伊藤博志のことも思い出し、智子はさらなる衝撃を受けたのだ。
 顔や名前が蘇って初めて、新たな事実に気がついたからだ。
 あの岩倉友一が、何から何まで……伊藤博志とおんなじだった。
 日本人には珍しい背丈から、妙に浮世離れした雰囲気すべて、十六で出会った伊藤博志そっくりそのまま。となればやっぱり、岩倉は誰かに追われていたのだろうか……そしてあの戦後の時代から、逃げ出さずにはおれない事情があった。
 ところがたどり着いた新たな時代で、追っ手に見つかり殺された、か……?
 ――それでもあの人は、わたしを二度も救おうとしてくれたわ……。
 あの林から、二十年未来に送ってくれた伊藤とは、特高から救ってくれた岩倉だったということだ。ところが彼はその後すぐに未来へ逃げて、昭和三十八年に起きた火事の現場で殺されてしまった。 
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