第2章 1983年 – 始まりから20年後......4 (2) 

文字数 814文字

 4 昭和五十八年 坂の上(2)

 林の中へ続いていた道が、途中で跡形もなく消え失せていた。
それ以前に、林そのものがなくなっている。林だった辺りが高い塀で囲われ、遠くにお屋敷らしい建物だけがポツンと見えた。
 きっとどこかの大金持ちが、この辺り一帯を買い占めてしまったに違いない。
 ――どうする? このまま諦めて、帰ってしまうか?
 一瞬だけ、剛志はそんなことを思う。しかしそうしてしまうには、あまりに不可解なところが何から何まで多すぎた。
『おまえは伊藤か?』
 紛れもなく、電話の相手はそう言ったのだ。
『それでは、智子はどこにいる?』
 死んだというのが前提ならば、どこにいる――などと聞いてはこない。
 それでは、智子は生きている?
 ならば彼女は今もなお、自由の利かない生活を強いられているということか?
 二人の名前を耳にして、次から次へとそんな疑念が浮かんでは消えた。
 まさに、意味不明の電話だった。
 声の主は伊藤の名を挙げ、さらに智子の所在を尋ねてきたのだ。
 だからこそ、ここに来ようと思ったし、あの〝約束〟だけはなんとしてでもやり抜かねばならない。剛志は心に強くそう思って、まずは屋敷の主を知ろうと塀伝いに歩いていった。しばらく歩くと大きな門が現れて、大理石の表札に〝岩倉〟という名が彫られている。
 では、岩倉という家主に説明したとして、納得などしてくれるだろうか?
 素直にそう思う剛志だが、ほかに方法がないのだからやるしかなかった。
 あとひと月と三日で、また、あの火事の日がやって来る。
 それは同時に、智子が消え去って二十年ということなのだ。
 ――智子……おまえはいったい、どこに行ってしまったんだ……?
 気づけば日が暮れ始めていて、さっきまでの心地よさは嘘のように消えている。
 そしてあの日もそうだったように、いつの間にか雨は止んで、突き刺すような寒さが彼の身体を包み込んだ。
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