第6章  1983年 – 始まりから20年後 〜 3 革の袋(6)

文字数 1,247文字

                 3 革の袋(6)


「あれ、あの大きなお家がそうよ。ほら、話したじゃない……銀行嫌いの、やっぱりうちと一緒で、無農薬やってるお婆さんのこと……」
 そう言って指差された古い屋敷の形を、剛志は今でもぼんやりとだが思い出せる。
 こうなれば、その屋敷を探し出して頼んでみるしかない。節子の話が本当であれば、きっと古い紙幣だって貯め込んでいるはずだ。たとえ四百万に及ばなくても、ゼロなんかよりはよっぽどいいに決まっている。
 剛志はそう決断し、一万円札の束をショルダーバッグに詰め込んだ。
そのまますぐに家を出て、記憶にある屋敷を探してそこら中を歩き回った。
 しかし一向に見つからないのだ。やがて日も暮れてきて、一気に気温も下がってくる。手がかじかんで、足の指先がジンジン痛んだ。そうしてすぐに闇夜となる。そうなると少し街灯から離れただけで、家の大きささえ定かではなくなった。
 剛志はひとまず諦めて、明日、日の出とともに探しに出ようと思うのだ。
そして次の日、剛志は久しぶりに自転車にまたがって、節子とよく歩いた多摩川沿いの道から探し始める。昼前には、あの二人がやって来るのだ。それまでに金を手に入れて帰らないと、三十六歳の剛志は一文無しで旅立ってしまう。
 ところが川沿いを走り始めて、すぐにここは違うと気がついた。この辺りには古い家が見当たらず、ここ十年、二十年で建てられたくらいの家ばかりだ。この先いくら走ったところで、戦前からあった屋敷などにはきっとお目にかかれない。
 ――となれば、やはり昨日のどこかだ……。
 単に見逃したか、それとも大きな勘違いでもしているか?
 剛志はそんな不安を感じながらも、自転車の前輪を元来た道へ向けたのだった。
 そうしてその後、屋敷は呆気なく見つかった。それは道一本外れた奥側にあって、昨日通った道からでも、古めかしい瓦屋根がしっかり見える。
どうして昨日は、こんなのに気づかなかったか? 思えば思うほど意味不明で、それでもとにかく、見つかったことだけは神に感謝したいと素直に思えた。
 さらに、その時点で九時にもなっていなかったから、
 ――余裕で間に合うぞ!
 と、剛志はホッとしながら古びた屋敷の前に立った。
 ところがだ。かなり旧式の呼び鈴をいくら押しても、うんともすんとも反応がない。
 ――嘘だ……こんな朝っぱらからいないのか?
〝ブーブー〟という音が外まで響いて、いるなら聞こえないなんてことあり得ない。
「お願いです! 誰かいませんか?」
 そう声をあげてから耳を澄まし、
「お願いです。少しだけ、時間を頂けませんか~」
 そんな大声を何度もあげるが、変わらずに静まり返ったままなのだ。
 ――くそっ! くそっ、くそっ!
 どこかで何か間違えたのか? それさえまったくわからない。
そんな自分が情けないが、それでもここで踏ん張るしか道はない。
 ――頼む! いるんなら顔を出してくれ!
 どこからか、様子をうかがっていないかと、彼は屋敷を隅から隅まで見ていった。
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